16歳でデビュー後、40歳で花開くと信じて演じてきた。『渡る世間は鬼ばかり』のキツイ姑役などの脇役で注目された赤木春恵さん(89)。そして40歳を軽く越えて、33年ぶり、89歳でつかんだ映画初主演。認知症の母を介護する息子を描く感動作『ペコロスの母に会いに行く』。事務所の仕事もする娘の介助を受けながら、赤木さんは車椅子で前を向いて歩み続ける。
「母のトラヨは80歳を過ぎて関節リウマチにかかり、転んだことが原因で、しだいに動けなくなりました。大好きな母でしたから、家事も一切せず、母の部屋にポータブルトイレとテレビを置き、食事も上げ膳据え膳。私としては精いっぱい快適な楽隠居をしてもらいたかったのです」
『ペコロス〜』の大きなテーマは介護。赤木さんも実母で介護を経験していた。楽隠居をと思っていた赤木さんだったが、家を空けて戻ってくると、仏壇のマッチの燃えかすが部屋に散乱していたり、絨毯に焦げ跡ができていたりするようになる。母・トラヨさんに薄いボケが始まっていたのだ。悩んだ末に公的な老人福祉施設へ入れた。送り出す最後の夜がつらかった。布団の中で涙が止まらなかった。
「ところが、いざホームに入ったら、母はベッドの中からにこやかに迎えてくれて。もっと早く連れてきてあげればよかったと後悔しました。動けなくなった母は家でいつも『あ〜、つまらない』とこぼしていました。それに対して私は『誰だって、そんなにいいことばかりありませんよ』なんて言っちゃっていましたから。かわいそうなことをしました」
その母も’75年に鬼籍に入っている。’91年4月には、戦後の過酷な時代から45年間、共に走り続けた同志とも呼べる夫・小田賢五郎さんを肺がんで亡くした。2012年11月には、16歳で出会った無二の“心友”森光子さんも逝った。自身も80歳で糖尿病を患い、83歳で乳がんを手術。ひたひたと押し寄せる老いを感じないわけはない。81歳で一度『渡鬼』を卒業し、おととしは舞台の引退宣言もした。
「来年は90歳ですよ。自分がどんな状態か、肉体に問いかけてみてもわかりませんというのが正直な気持ち。最後まで元気に演じられるのかという不安感はいつもあります。母のように、自分では気付かないうちに、わからなくなっているのでは?という不安もときどきありますよ」
赤木さんは130本の映画に出演してきたが、’70年代からはテレビと舞台が中心で、ほとんど映画をやっていなかった。古巣へ戻った喜びに、赤木さんの目は輝いていた。
「映画で、しかもこんなたくさんアップを撮られたのは、本当に久しぶり(笑)。また主役でね。青天のへきれきですよ。ただ、不思議と緊張はしませんでしたね。若いころは本番が怖かった。なんともいえない緊張感があった。でも、今回、やはり懐かしいんですね」
赤木さんは柔らかくほほ笑んだ。