大人から子どもまでまきこんで『あまちゃん』は連日20%超えの高視聴率を記録。50年以上の歴史を持つ朝ドラ史上で最高傑作という呼び声が高い。ここまで人気が高まり、ドラマに登場するウニ丼もまめぶ汁の知名度も全国区になっているというのに、モデルとなった久慈の町では……。

「町おこしには絶好の機会なのに、町の人たちがなかなか動かないんですよねぇ……」と拍子抜けしたように語るのは、この3月の退職まで久慈市の産業振興部長を務めていた下舘満吉さん(60)だ。

 放送開始の4月まで、地元発売の関連商品はほとんど開発されず、ゴールデンウィークにようやくお菓子が2品できただけだった。かつて下舘さんの部下で、現商工観光課主事の中村有賀さん(28)が少々苦々しげに、町の人の心情を解説してくれた。

「全国的にこんなに盛り上がってるいまでも、町には冷めた人もいます。とにかく久慈は、よそからお客さんが来ない場所だったんです。以前、関東の年配の方からもらった電話がいまも忘れられない。『日本中全部旅したけど、そちらには行ったことがないのよ』って。『だから、最後に行こうと思うんだけど見どころは?』って。ここはそういう場所だったんです」

 これまでも、町おこしの契機は何度もあった。’84年、日本初の第三セクター・三陸鉄道が開業したときも、5年前、北限の海女に20数年ぶりに後継者が現れたときも、町は「今度こそ!」と沸き立った。しかし“期待はずれ”が続いたことで町の人の心に、どこか諦めのようなものが巣食っていた。

 中村さん自身も抱え込んでいた複雑な思いをよそに、昨秋から現地ロケがスタート。ロケ場所の確保からエキストラの手配まで、中村さんはまるで撮影スタッフのように忙しく動いた。やがて中村さんの心に“化学反応”が起きていった。

「秋祭りのエキストラは600人集めたけれど、それでも足りなくて結局1.000人くらい動員したんじゃないかな。役場の人間の仕事じゃないですよね。だけど、私らがやらないと回らないんです」

 中村さんはいま、自分自身の変化を感じているという。

「見慣れた景色が見方を変えるとこんなに違うんだって。ウチの町もいいとこあるって、再認識できました。何もないけど、癒される。元気にしてもらえる力がこの町にはある。このブームが去った後も、身の丈にあった形で久慈の魅力をPRしていければいいなと思っています」

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