「受章の知らせを聞いたとき、妻や会社のスタッフたちは淡々とした感じで『ふーん』といった様子でした。私も藍綬褒章がどういうものか詳しく知らなかったので、最初は同じような感じでしたね」
そう話すのは、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長(48)。パソコンで音程と歌詞を入力すると、少女の声で歌う音源ソフト「初音ミク」の生みの親だ。伊藤社長はこの秋、教育や産業振興分野などで貢献した人に贈られる「藍綬褒章」を受章した。

 さまざまな音楽を聴かせてくれるバーチャルアイドル・初音ミク。最近では街のいたるところで彼女の姿をみかけるようになった。その人気は世界にも広がっている。11月12日からはフランス・パリのシャトレ座で、初音ミクの音楽と映像で構成されたオペラ『The End』が上演され、チケットは連日完売と大盛況だった。これらの活躍が評価され、初音ミクは経済産業省が日本のカルチャーを世界に発信する戦略「クール・ジャパン」の顔とも位置付けられている。

伊藤社長が音源ソフトを販売する事業を一人で始めたのは95年。当時、両親には反対されたという。
「音を使った商売を札幌でやりたいという思いが強かったため、30歳のとき大学職員の仕事を退職しました。安定した職業を辞めるとあって、心配されて。両親の世代には理解しにくい事業でもありましたから」

テレビ局や映画会社を相手に、自然の音や楽器の音色など、さまざまな音源データの販売を始めた。やがて、目標は“人間の歌声”の再現に広がっていく。 07年8月に発売された「初音ミク」は、半年で3万本と、業界では異例のヒットを記録。より多くの人から興味を持ってもらえるよう、イメージキャラクターには女の子のイラストを採用した。また“透明感のある合成しやすい声”を基準に、500人もの声優の声を聞き比べた。
「キャラクター自体は売り物ではなかったので、当初から創作の題材に使ってもらえるような仕組みにしました」
と語るように、営利目的でない2次利用を広く認めたことで、初音ミクを題材にした楽曲や画像がインターネット上にあふれた。

海外のファンのため、今年には英語に対応した『初音ミクV3 English』も発売。たった一人で始めた会社は、世界からも注目される企業となったが、伊藤社長は拠点を地元・札幌にかまえることにこだわりをみせる。
「インターネットが普及したいま、おもしろいことは地元でもできる。自分のやりやすい方法で、札幌に根を張ってやっていきたいんです」

ところで、天皇陛下のお名前で授与される褒章の受章を報告したときの両親の反応は――。
「いちばん喜んでくれたのは母親かもしれませんね。電話で伝えると、『バンザイ!』と言っていました(笑)。起業してから事業として成り立つまでの10年間は、実家にも帰れませんでしたから」
 ようやく親孝行ができた、と記者に笑顔を見せた伊藤社長。クール・ジャパンの担い手は、これからもクリエイターたちを北の大地から後押ししていく。

関連タグ: