「1年、すごく早かったですね。でも、あれから弟のことについてはあんまりしゃべってないんです。甥(勘九郎・32、七之助・30)とも、(勘三郎さん夫人の)好江ちゃん(54)とも。なんででしょうね。みんなに思いを残してくれた、みんなの勘三郎じゃないですか。だから、私だけが語ったら悪い気がして……」
 
そう話すのは、女優の波乃久里子さん(68)。昨年12月5日、弟の中村勘三郎さん(享年57)が亡くなってから1年が過ぎた。久里子さんは、澤村千代枝さん、勘三郎さんと三人きょうだい。稀代の名優のいちばんのファンでもあった“お姉ちゃま”が、勘三郎さんとの思い出を語ってくれた。

「初春新派公演『明治一代女』(1月2日~)で、お梅をやらせていただくんですが、このお役は昔、弟に『お姉ちゃま、これ一生仕事にしなさいよ』と言われた思い入れのあるお役なんです。
 15年前に演じたときには、十代の甥・勘九郎もみにきてくれて、私に『(イタリアの映画監督の)ビスコンティの世界だね』って。それを聞いた弟が『うめぇこと言いやがるな。なにがビスコンティだ、ビスケットじゃねぇか!』と。
弟は『ある八重子物語』や『鶴八鶴次郎』など新派の舞台にも出てくれて、共演もしましたが、本当に泣けないようなことがあろうものなら、本番中に威嚇してくるんです。『本当に泣いていませんね!』なんて言われちゃって。目を見たら怖いんですよ。もう、私は蛇に睨まれたカエルみたいになっちゃう。笑うシーンでも、『おかしくないでしょ。笑ってないですよね!』って。舞台上では豹変するんでしょうね。楽屋ではすぐいつもの弟に戻りますから。みんなを楽しませて笑いが絶えない。弟との共演はスリリングで、本当に楽しかったですね」

 芝居のほか、何ごとにも“本気”だった勘三郎さん。遊ぶときももちろん本気。豪快なエピソードは数え切れないほどだという。

「いちばんうれしかったのは、’05年12月1日の私の還暦のお祝いを弟がしてくれたこと。その日は新派の公演で京都にいました。芝居が終わった後、東京で雑誌の取材があるから、きちんとした格好で来てくださいと言われていたんです。それで、言われた通りにして、ドアを開けてびっくり! 60人のお友だちが私のために集まってくれていたんです。60歳の誕生日だからって妹と友だちを集めてくれて。さっき京都の劇場で別れたばかりの新派の仲間もいるから、もう黄泉の世界に入っちゃったみたい。うれしいってよりも、呆然としちゃいました。
 ‘11年のハロウィーンのときも、1ヵ月ぐらい前から準備をしましたね。妹は魔女になって、弟はインディアン。私は面倒くさくって、鴫ちゃん(一番弟子の鴫原桂)が作ってくれたミッキーマウスのお面で行ったら文句を言われて。『だって役者なんだから、ふだんから仮装みたいなもんじゃない』って言い返したら、『夢がねえなぁ~』って首長の格好で本気で怒るんです(笑)。結局、きょうだい3人での写真はこれが最後になりました。弟がいないと、お祭り騒ぎのような毎日がすっかり静かになってしまいましたね……」

 そう話す波乃さんは、今も勘三郎さんが亡くなったとは思えず、仏前に手を合わせることができないでいるという。

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