今もなお人気の衰えることのないオードリー・へプバーン。新春から未公開映画『マイヤーリング』が公開されている。この作品は、’57年、全米で生放送されたドラマを、最新技術を駆使して復元、映画化されたもので、オードリーが出演した唯一の生放送ドラマ。

 コーディネーターの仕事を通じてオードリーと親交があり、今回の映画のパンフレットにも寄稿している加藤タキさんが、オードリーの晩年の思いや、今だから話せるプライベートエピソードを教えてくれた。

「彼女は、とても明るくてユーモアのセンスのある方でした。CMのお仕事で移動の車に乗っていたときのこと。当時はメールのない時代でしたので、結婚前の夫から毎日国際郵便の速達で私に恋文が届いたんです。それを車の中でよんでいると、後ろの席から彼女が顔を出して、『最愛のタキへ、会いたい会いたい、僕は会いたくてしょうがないよ』なんて勝手に作文してちゃかしてきたりしていました(笑)」

 基本的にはシャイなオードリーだったが、一度信頼した人には深く心を許してくれたという。

「ある日、彼女がソファに座ってくつろいで、私が彼女のベッドに寝転んでいて。『どんな男性がタイプなの?』と私が聞いたら『ストロングマン!』って即答したんです。私はマッチョな姿を想像しちゃったので、『え?』って驚いたら、『タキ、マッチョな人を想像したでしょ、違うのよ。挫折を経験して強くなった人のこと。人の心の痛みがわかって、それが大きなやさしさになるの』って」

 加藤さんは、オードリーのことを「愛に生きる方でした」と語る。オードリーは異性だけでなく、世界の飢餓に見舞われている子たち、内戦に苦しむ子たちのことも愛してやまなかった。

「彼女は『私はしわが増えたけど、これは全部自分史。今まで生きてきた証し。だからしわも誇りに思っています。年をとることが怖かった時代もある。でもユニセフの親善大使になって出会った、毎日食べるものもなく苦しんでいる子たちが、配給された一日分のパンをちぎって私に半分くれるんです。女優オードリーだとも知らない子たちが。その光景を見て、まだ自分には彼らを受け止め、そして受け入れるエネルギーがあるんだ、と思ったら、年をとることは全然こわくなくなりました』とおっしゃっていました」

 オードリーとの一つ一つのエピソード全てが、忘れられないと語る加藤さん。そんな彼女が本格的にNPOの活動を始めたのは、奇しくも、オードリーがユニセフ親善大使になったのと同じ59歳だった。

「彼女が晩年よく話していた『人間は誰でも二つの手を持っている。一つは自分のため、もう一つはほかの誰かのお役に立つため』という言葉を、本当に実感し、実行できるようになる年齢なんですね。彼女の生き方、考え方をこうして話して伝えていくことが私のお役目なのかな」

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