「騒動後、いろんな仕事をさせていただいています。もともとは演奏の仕事が多かったんですが、最近は作曲の仕事が少し増えたかな。従来と比べると仕事量も収入も、なんとなくですけど、1.5倍ぐらいになったと思います。大した数字ではないと思われるかもしれませんが、私としては本当にありがたいことなんです」

 本誌は、自宅から打ち合わせ場所に移動中の新垣隆さん(43)を直撃。慌ただしいなかでの取材にも、誠実を絵に描いたような新垣さんは、言葉を選んで答えてくれた。

「2月の会見のときは正直、自分にはもう音楽活動は無理だろう、と考えていました。それまで彼が作ったという形で世に出た曲を『いいな』と思ってくれていた人たちに対して、私は『それは違う』と言うわけですから。きっと、皆さんは許してくれないだろうと思っていました。やってはいけないことを2人はグルになってやったんです。彼のやり方に問題はあったし、それを私は支え続けていた。過去は、いくら謝罪しようとも消えないですから」

取材中、新垣さんはかつての“共犯者”佐村河内守氏(50)のことを、最後まで名前で呼ばなかった。

「騒動の後、彼と直接のやりとりは一切ありません。すべて代理人を通して行っています。会いたいとも思いません。会う必要はないと思います。いまは距離を置かざるをえないでしょう。彼の会見? 見ました。容姿が変わっていてビックリしましたが(苦笑)。関わりも長いので、すぐに彼だとわかりましたよ」

 独身の新垣さんは現在、東京近郊に一人暮らし。仕事が忙しくなった一方で、炊事も洗濯も自分でこなすという。そこで彼に、さらに突っ込んで聞いた。お嫁さんをもらう予定は?

「えっと……いまは、特定の相手って、いないです」

 顔を赤く染め、手を大げさに何度も振る新垣さん。

「えっと……それが、しばらくは続くかなと。一人の暮らしは、なかなかたいへんですが、それでもいまは、音楽を中心とした生活を続けたいと。いや、でも、いつかは……」

 はにかんだ顔に、あの日の悲壮感はみじんもなかった。

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