今年、生誕90周年を迎えた三島由紀夫。彼に懇願されて美輪明宏さんが主演した舞台『黒蜥蜴』。47年前の初演は大好評を博し、以後再演を重ねてきたが、ついに今春、ファイナル公演を迎えた。この名舞台の“生みの親”でもある三島との知られざる交流を美輪さんが語る――。

 ボディビルで、体を本気で鍛えるきっかけも私でした。

 昭和30年ごろだったと思います。新宿に映画界、財界、野球選手らが集まるクラブがあって、そこで三島さんと2人でダンスをしたんです。当時は肩にがっちりパッドが入った背広が主流で、踊りながら「どこもかしこもパッド、パッド、パッド。三島さんがいなくなっちゃった。パッドだらけね」って言ったら、急に顔色が変わり「俺は不愉快だ。帰る!」と怒って、お金も払わないで帰られたんです。その瞬間、私は「しまった!いちばん言っちゃいけないことを言ってしまった」と……。以来、音信も途絶えました。

 三島さんは幼少のころから虚弱体質で、肉体的なコンプレックスをお持ちだったんです。

 ところが半年後、三島さんから「出てこい!」と突然電話が入り、「どちらにですか?」と聞くと、「後楽園だ」と。行ってみると、そこはボディビルのジム。三島さんはかなりトレーニングをされていたようで、あれだけ華奢だった体が、なかなかいい体になっていたのでビックリしましたね。

 昔、三島さんと石川慎太郎さんのことを世間がよく比べていました。私は余計なことだと思いつつも、「世間はお2人をライバル同士だと言ってますけど、三島さんご自身はどう思ってらっしゃるの?」と聞いたことがあるんです。

 すると三島さんは、「悔しい。俺は石原慎太郎に負けてる」とおっしゃった。私は思わず、「エッ、どうして?だって、彼の小説とあなたの純文学とは比べものにならない。なぜ、負けてるなんておっしゃるの?」と聞くと、「あいつは俺より脚が長い」って(笑)。その場で大笑いしましたよ。

 つまり彼の作品なんか目じゃないってことを、暗におっしゃりたかったのでしょうね。三島さんはご自身の才能に関しては、ものすごく自信をお持ちでしたから。