18日、アイスショー『THE ICE』の記者会見に出席した浅田真央(24)。彼女は現役復帰を宣言、晴れやかな笑顔を見せた。昨年5月の休養宣言から、丸1年。進退問題に悩んだ彼女が、いちばん相談したい相手は、母・匡子さんだっただろう。浅田家の菩提寺の住職は、彼女が亡き母に語りかけていた姿を見ていたという。

「お母さんの三回忌のときです。ちょうどソチ五輪の前でした。そのとき、真央さんはお母さんに『じゃあ、(ソチ五輪に)行くよ。今度は自分のために頑張って、自分メダルを取るよ』と話しかけていましたね。『いままでは、ママや、いろんな人たちのために頑張ってきたけれども、今度は自分ために頑張る』と。次に真央さんにお会いするのは、七回忌のときでしょうか。そのとき、どんな人生を歩んでいるのか。また五輪に行くことになったらと思うと、やはり楽しみですね」

 最愛の母のために金メダルを。そう誓って挑んだ’10年のバンクーバー五輪では、惜しくも銀メダル。再び頂点を目指すなか、’11年12月、母が突然旅立ってしまう。大きな悲しみを乗り越え臨んだソチ五輪でも、母に約束した“自分のためのメダル”は叶わなかった。 

 その無念、心残りは時が流れても薄れるどころか、ますます強くなってきた。母への「墓前の誓い」を果たすために――。こうした葛藤を経て決断した「再始動」。勝負のリンクに立つことを彼女は、決めた。しかし、その道のりは決して甘くない。

「4月上旬、真央ちゃんは、佐藤信夫コーチに相談をしたそうです。その際、佐藤コーチは『競技復帰は本当につらいぞ。真央は本当に耐えられるか。 中途半端な気持ちだったら復帰しないほうがいい』と言ったそうです。すると真央ちゃんは笑顔で『しっかり考えて決めました。よろしくお願いします!』と頭を下げたそうです。今後、どれだけつらいことがあっても競技に戻りたいという気迫がうかがえました。それだけ覚悟をもっての復帰宣言なんです」(スケート関係者)

 さらなる試練を自らに課し、再び頂点への道を歩き始めた浅田真央。今度は、他の誰のためでもない、自分自身のためにメダルを目指す――。

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