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9月放送開始で早くも視聴率24%超と絶好調なのが、NHK連続テレビ小説『あさが来た』。女優の波瑠(24)が演じる白岡あさのモデル・広岡浅子は、幕末、明治、大正と激動の時代に実業家として活躍した女性だ。

 

晩年“日本初の女子大”日本女子大学の開校に尽力し、発起人も務めたその浅子が、“反戦運動家”だったという資料がある。『女のきっぷ−−逆境をしなやかに』の著者もあり、明治以降の女性の生き方に詳しい作家・森まゆみさん(61)が言う。

 

「広岡浅子の『軍国主義を離れることこそ、人類の幸福につながる』という発言が文献として残っていました。当時としては大変、勇気ある女性だったんです」

 

まずその資料をひもといてみよう。これは、浅子が71歳で亡くなる直前に発売された『婦人週報』1919(大正8)年1月10日号に掲載された浅子の文章「これからの勝利者 愛をもって互いに仕えよ」からの抜粋である。

 

《英仏をはじめ、諸外国では戦争(=第一次世界大戦)中、後方勤務として国内に残った婦人が、あらゆる職業を執って立派に成功しました。いままで圧迫されていた婦人の能力が一気に発揮され、ひとつの自信を持った今日は、戦線から帰った男子が昔のように婦人を扱おうとすれば、いきおい、そこに軋轢を生じてくるのは免れないところです。戦闘に勝つことによって、男女の競争を終わらせようとしたら、全人類は大戦以上の不幸を、長いあいだ、この世の中に見続けなければならないでしょう》

 

同誌1月17日号「隣邦支那に対する日本婦人の責任」では、《支那内地に入り込む日本人は、多くは野心満々な男であるから……》と、浅子は植民地を求めて海外へと向かう男性に対し、批判的に揶揄してもいる。また帝国主義(浅子の記述では《軍国主義》)も否定し、民本主義という考えを述べた。

 

《婦人は何をもって勝利を得なければならないか。……まず第一に世界の根底に流れてやまないひとつの大きな思潮(=キリスト教)によることが大切です。この思潮こそ、人類が剣戟を振るって尊い血を流し合うことを理想とする軍国主義を離れて、互いの幸福を増し、公平な神の恩寵を享けることのできる民本主義に移っていく大きな傾向であります》

 

《婦人にとっての民本主義は、自らを公平な立場に立たせる幸福な糧ともなり、他方、軍国主義よりも理解されやすく、婦人がこれを世に行うにふさわしい思潮です。すなわちその思想の淵源は、人類を愛する思いと、互いに愛を持って仕えあう思いに帰るものなのです》(いずれも同誌1月10日号)

 

森さんが解説する。

 

「明治の大日本帝国憲法では主権者は天皇ですから民主主義ではありません。これに対し、主権の所在はさておき、人民のための政治を目指すことを民本主義といいます。晩年にキリスト教に改宗した浅子自身が望んだのは、民本主義であったことがわかります。これは、武器で争わず平和な社会を築くという戦後日本の理想を先取りしたような考えだったと言えますね」

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