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『下町ロケット』(TBS系)で町工場の佃製作所社長・佃航平を演じる阿部寛(51歳)。映画『テルマエ・ロマエ』(2012年)でコミカルな役を演じ、『下町ロケット』では一転、熱いセリフの中年男性を熱演。いまや日本を代表する俳優だが、20代では大きな挫折があった。

 

「出会った当時は、芝居にもほかの物事にも、自信がある感じじゃなかった。モデルから役者になり脚光を浴びたけど、そのあと鳴かず飛ばずでしたから」

 

阿部の趣味は古武道。その師匠で「斬心塾」を主宰する東郷秀信氏は、阿部と出会ったころのことをそう語る。20代の阿部の悩みの元は、高身長と甘いマスクだった。

 

中央大学在学中の1983年、19歳で雑誌「メンズノンノ」のモデルとして人気爆発。1987年、映画『はいからさんが通る』での俳優デビューは準主役。しかし、モデル上がりのアイドル俳優は、旬が過ぎると使いづらい。《芝居を軽く考えていた部分もあった。3年もたなかった。2年で仕事は来なくなった》と阿部は後に語っている。東郷氏と出会ったのは、そんなとき。友人の俳優・加藤雅也(52歳)の紹介だった。

 

「彼は身長が190センチ以上あるのに、本人は189センチと言っている。逆サバです(笑)。しかも来た当初は猫背で、凛として立つことができなかった。私のところに来たときは、みんなに“阿部ちゃん”と呼ばれてた。それで言ったの。『いいものを持っているんだから。みんなに“阿部さん”と呼ばれるようになれ』って。彼は週2日、15年間通い続けました。いまではすっかり、ピシッと立つようになった」(東郷氏)

 

1993年、阿部はやはり加藤の紹介で、ひとつの仕事に取り組んでいた。映画『凶銃ルガーP08』(公開は翌年)。呪われた銃の魔力に操られるまま、ヤクザと戦う男という難しい役だった。プロデューサーを務めた辻裕之氏は、阿部の意外な面を見た。

 

「阿部さん側から『今までと違う路線の役がしたい』と話しがあった。聞いたときは『え!?気持ちはわかるんだけど……』という感じだった。しかし、会ってみると違った。『俺、変わんないとダメだ』という気合いを感じた」

 

辻氏の印象に残っているのは、大杉漣(64歳)が演じるホームレス男性から銃を手渡されるシーンだ。

 

「大杉さんが独り言をしゃべる。台本にない大杉さんのアドリブで、編集で短くしたが、撮影では延々7〜8分やった。阿部さんはずっと、リアクションをし続けた。大杉さんのぶっ飛んだ芝居に触れて、阿部さんが変わった。主人公の異常性を強調するアイデアを次々出してきて、こっちも乗って話がエスカレート。内容が変わりすぎて、原作の大藪春彦先生に怒られた(笑)。阿部さんの中の異常性を見ました」(辻氏)

 

芝居にやっと目覚めた阿部。同じ年、故・つかこうへい氏の舞台『熱海殺人事件』に出演。バイセクシャルの刑事役で鍛えられた。つか氏と親交の深い劇場「シアターX」プロデューサーの上田美佐子氏が振り返る。

 

「つかさんも当初は、『モデル上がりで根性がないだろう』と思っていたみたい。しかし阿部さんは真剣に、言われたとおり稽古をした。あの大きな体で、朝から口立て(つか氏の口述のセリフの後を追う稽古)を稽古場で。つかさんはけっして褒めない。ひとつクリアしたら、その先の課題を与える。いつも青くなってやっていた。終わったらみんなフラフラになるが、阿部さんはそのあとほかの仕事に行く日もあって……よく続いているなと思ったくらい。何カ月も苦労していて、後で聞いたら本当に(役者を)やめようかと思ったと。それが、ある日突然目つきが変わった。つかさんからも『阿部は変わったよ』と聞きました。それまでは『演じよう』と思っていたのが、『その人物を生きる』ことができるようになった」(上田氏)

 

エリートから転落。そして夢に向かって這い上がった阿部寛の半生は、佃航平そのものだった。

 

(FLASH 2015年12月15日号)