「僕は公私を分けられない性分なんです。趣味がすべて仕事に関連してしまう。釣りやドライブもしてみたんですけど、1回で飽きちゃう。最初はきれいな空気、美しい清流、気分転換になっていいなぁと思っても、3〜4時間もすると、魚は釣れないし、虫は飛んでくるし、なんか落ち着かなくてね。『来月のセリフ、大丈夫かなぁ』って心配になってくる」
そう語るのは、隔週連載『中山秀征の語り合いたい人』第58回のゲスト・歌舞伎俳優の松本幸四郎さん(73)。知的で冷静なのに、朗らかで話し上手。バイタリティがあり、いつまでも若々しく生き生きしている歌舞伎界の重鎮・幸四郎さん。中山とは公私にわたり、知己の仲の幸四郎さんに、あらためてじっくりとお話を伺いました!
中山「歌舞伎界について、今後の展望や幸四郎さんの思いなどをお聞かせください」
松本「おかげさまで新歌舞伎座になって、今年で4年目の春を迎えます。前の歌舞伎座で2年ほどさよなら公演をやって、それから6年たったんです。このご時世、毎月歌舞伎ができるのはありがたいことだと思っています。歌舞伎は1カ月に1公演、1年で7〜8本の公演があります。1カ月の公演の千秋楽を迎えると、『今月は自分に覚悟が足りていたかなぁ』と毎月思い続けていましたね」
中山「前の歌舞伎座のときとはまた思いが違っていたんでしょうか」
松本「違いましたね。怖かったですよ。『どうなってしまうんだろう』という不安のほうが大きかった。そこで最高のパフォーマンスをお見せしなきゃいけないですから」
中山「幸四郎さんのキャリアでしたら、同じテンションでできるのかと思っていました」
松本「僕は『ラ・マンチャの男』を1,200回、『勧進帳』を1,100回やりました。そのこと自体はうれしいし自分の誇りですけれど、『その中にベストの舞台がいくつあったかな』と反省ばかりしています。舞台はお客様と役者とで作っていくもの。両者が盛り上がる瞬間は『あぁ役者をやっていてよかったなぁ』と心底思うのですが、そういう瞬間はほとんどない」
中山「『今日こそは』と思って臨まれているんですね」
松本「僕は9代目の幸四郎ですが、僕の祖父の7代目の幸四郎は生涯に1,600回ほど『勧進帳』を演じました。老齢になり、心臓を病んでしまった祖父に、若き日の父が心配して『体をもう少しいたわっては?』と言ったら、祖父は父をギョロッとにらんで『今日初めて俺の弁慶を見るお客様もいるんだぞ』と叱責したそうです。そんな新鮮な気持ちで舞台に立ち続けていたなんてね」
中山「幸四郎さんのバイタリティもすごいですよ」
松本「僕は歌舞伎も、それ以外の舞台やミュージカルも、とことん徹底してやってきました。ですから今日まで続いているんだと思うんです。軽い気持ちでやっていたら、つぶれていた。今、こうしてヒデちゃんと対談していられなかったと思います」