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「偶然、その場所を訪れた人に話を聞くため、仕込みがありません。そんなドキュメンタリーが成り立つのかという挑戦から番組は生まれました。基本的に感動的な話にしないこと。ありのままの空間と人間模様が伝えられたらと考えています」

 

こう語るのは、『ドキュメント72時間』(NHK総合)制作スタッフの森あかりディレクター。高速バスターミナル、コインランドリー、うどん自動販売機の前……。1つの場所にカメラを据えて、3日間にわたり、そこを訪れた人々を撮り続ける当番組。

 

’06年にスタートした定点観測ドキュメンタリーは、’13年からはレギュラー化。これまでに200回以上も放映。ありのままに撮影された人々の本音と、悲喜こもごもの人間模様が“なんだか泣ける”“しみじみとくる”と人気だ。あの天才棋士の藤井聡太君も、好きなテレビ番組を新聞記者に問われて『ドキュメント72時間』と答えている。そんな異色のドキュメンタリー番組の制作スタッフ・森ディレクターに話を聞いた。

 

「取材は、ディレクター、カメラマンと音声の3人1チームで、場所によっては2チームで昼と夜の12時間交代で行います。リアリティにこだわっているので台本はありません。現場でどう転がっていくかわからないので緊張の連続です。梅雨の時期にコインランドリーを撮影したときには、洗濯する間にお話がたくさん聞けるかと思いましたが、なかなか話が膨らまず。追い詰められた気分になり、その日の夜は、口唇ヘルペスができてしまいました」(森ディレクター・以下同)

 

番組のキモとなる、撮影現場はどうやって探すのか?

 

「取材する場所は、番組スタッフが歩いて探したり、全国の支局や視聴者の方からの情報を検討したりして決めていきます。候補になった場所には、何度も足を運び、どんな人が集まるか観察します。ある意味、人が行き交う場所ならば、どこでもいいのですが、社会や人の意外な面が見える場所がいいようです」

 

取材では、3日間で、200人以上に話を聞くこともある。

 

「自分のなかで、この場所を訪れる人たちは、こんな話があるのではと仮説を立てて取材をはじめますが、いい意味で、それを裏切ってくれる人との出会いが、番組の重要な鍵になっています」

 

撮影現場では、いつも“出たとこ勝負”。想像を超えた展開になることばかりだ。

 

「街の人の金銭感覚がわかるかもしれないと、東京の十条にある激安肌着店を取材したときのことです。ブラジャーなどの下着売場で男性スタッフがジーッと観察しているわけですから『気持ち悪い!』と怒鳴られたことも。それでも話を伺った人から、多様な女性の生きざまが浮かび上がってきました。専業主婦の葛藤やお金を持っていない若い女性の悩みなど、こちらの先入観をはるかに超えて、女性の一生といえるような深いテーマを描くことができました」

 

そうして引き出された街角のリアルな人たちの本音が、見る者の心を奮わせている、それがこの番組の人気の秘密のようだ。

 

「登場する人物は10数人のごく普通の人たちです。でも、彼らの本音やたたずまいから、見る方が自分を重ねてみてしまう、そういった声や反響をいただいてます。見知らぬ誰かの姿を見て、“いろいろあるけど頑張ろう”って思っていただけたらうれしいです」

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