7月21日放送のラジオ番組『V6 Next Generation』(JFM)でV6の坂本昌行(46)、長野博(45)、井ノ原快彦(42)がリスナーからの「トシちゃんとの思い出がありましたら、聞かせて頂けないでしょうか」というメールを受け、ジャニーズ事務所の先輩である田原俊彦(57)について語った。

 

3人はジャニーズジュニア時代、テレビ朝日の第1リハーサル室でのレッスン中に初めて田原俊彦を目撃したという。井ノ原は「なんか、『ボスに会った』って感じがした。西部警察で石原裕次郎さんが最後に出てくるみたいな。ヒガシくん(※少年隊の東山紀之)は大門さんというか、渡哲也さんみたいな感じで」と例えた。

 

80年代後半、ジャニーズ事務所は少年隊、光GENJI、男闘呼組という売れっ子を輩出。その先輩格で、80年のデビュー以来、事務所を支え続けてきた田原俊彦は別格だったようだ。

 

著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)の中でV6井ノ原快彦の司会の凄さについても言及している岡野誠氏によれば、88年4月8日放送の『ミュージックステーション』で田原の凄さが垣間見えたという。光GENJIが映画『ブルージーンズメモリー』の挿入歌である『ザ・青春セイリング』を歌う前のイントロで、内海光司(50)がこうナレーションを付けたというのだ。

 

《田原先輩、近藤先輩へ。今の僕たちがあるのは田原先輩と近藤先輩のおかげです。僕たちは厳しいレッスンの毎日で苦しいことや辛いことがあった時、いつも光り輝いている両先輩を目標に頑張ってきました。今まで僕たちは、田原先輩と近藤先輩が引いてくれた素晴らしいレールの上を一生懸命走ってきました。そして、これからも両先輩を目標に力一杯走り続ける。いつか先輩たちのように広い空へ向かって、飛び立ちたいと思います。田原先輩、近藤先輩。これからもよろしくお願いします。光GENJI》

 

70年代後半のジャニーズ事務所は世の中を席巻するようなタレントを生み出せず、苦境に陥る。その状況を79年10月開始のドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)の生徒役に抜擢された田原、近藤真彦(54)、野村義男(53)が救う。『たのきんトリオ』と呼ばれるようになる3人はテレビや映画などでユニットとしても活動し、大人気となる。中でもソロでレコードデビューしヒット曲を連発した田原、近藤という2大巨頭はジャニーズ事務所の中で飛び抜けた存在だった。

 

井ノ原はラジオで「俺は“た『はら』と『しひこ』”、“いの『はら』よ『しひこ』”だったから勝手に運命を感じた。ジャニーズを知るきっかけがトシちゃんだった」と語った。

 

近年、井ノ原はホームセンターで田原と遭遇したという。「握手したとき、感動した。長い待ち合わせだった……と思った。だって、ジュニアで会ったとき、話なんて出来なかったでしょ?」と話すと、長野が「できない、できない。ありえない」と実感を込めて振り返った。その後も話は続いた。

 

井ノ原:いつかトシちゃんと仕事したいと思ったけど、ホームセンターで会っちゃったよ。
坂本:逆に言えば、プライベートで会えるのは貴重だよね。
井ノ原:その時、オレ、段ボールいっぱい抱えてて、(田原俊彦のものまねをしながら)「力持ちだな」と言ってもらえましたから(笑)
坂本:何よりも認識してくれているのが嬉しくない?
井ノ原:そう。『イノッチ!』っていわれたんだよ! 君、名前なんて言うの?じゃなくて、イノッチっていわれたのが。イノッチって知ってるんだ……。
坂本:だって、(自分は)いまだに呼ばれたことないもん。

 

岡野氏はこう話す。

 

「田原俊彦はジャニーズ事務所の基本方針とも言える“歌って踊れる”代表格だった。田原は94年に退所しましたが、今も彼の影響を受けたタレントが活躍している。57歳になった今もステージで2時間歌って踊るトシちゃんの姿勢は、40代のトニセンにも励みになっているはず。還暦近い年齢で歌って踊り続けることなんて、昔は想像もできなかったですが、先人がいると心の持ちようが変わってくることは間違いないでしょう。歌番組での共演も期待したいですね」

 

田原俊彦とV6がテレビで一緒に歌い踊る日はやってくるか。