ジャニー喜多川さん死去 滝沢秀明との間にあった相思相愛の絆

7月9日、ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長が解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血のためこの世を去った。享年87。葬儀・告別式は”子供”であるタレント達とJr.のみで執り行う家族葬になるという。事務所発表によるとジャニーさんは6月18日11時半ごろに自宅で体調の異変を訴え、病院へ向かおうとしたところ意識不明になり救急搬送。集中治療室で救命措置を行い、一般病棟へ移っていた。

 

その後もジャニーさんが寂しい思いをしないよう、タレント達が入れ替わり立ち代り病室を訪問。ときに危険な状態に陥ったが、そのたびにタレントたちが呼びかけると容体が回復したことも。最後は最愛の子どもたちに見守られながら、2019年7月9日午後4時47分に人生の幕を下ろしたという。

 

「1月に社長に就任してから、僕自身も覚悟を持っていちばん最初に定めていた目標です。8月8日は決してゴールではなく、いろんなことが始まる1日にしたい」と語っていたのは昨年末でタレントを引退し、ジャニーズ事務所の子会社・ジャニーズアイランド社長に転じた滝沢秀明(37)だ。

 

8月8日には約19年ぶりにジャニーズJr.の東京ドーム単独公演が開催される。東西のJr.約300人以上が出演する圧巻のステージになるという。19年前の舞台には滝沢を始め嵐や関ジャニ∞など、Jr.黄金期ともいえるメンバーが集結した。

 

「滝沢さんは『SnowMan』らJr.3組が集まった先月のコンサートで『僕らが見た景色をぜひ、Jr.にも見てもらいたい』と力説していました。若手育成に人生を賭けたジャニー喜多川社長から託された思いにほかなりません」(舞台関係者)

 

滝沢は引退時に《ずっと自分を育ててくれたジャニー社長のタレントを育成、プロデュースしていくという意思を継ぐ》とコメント。昨年『週刊新潮』(10月4日号)でジャニー社長から「滝沢がそこまで覚悟を決めたんなら、わかった。僕も応援する。だけど、本当に大変な仕事だよ。(略)大きな決断をしたから、ちゃんと滝沢が仕事をできる環境を作る」と言われたと告白している。

 

「現役時代から滝沢さんは二言目には『ジャニーさんが~』とよく言っていました。地方でコンサートをやった時、マスコミの記者も来ていて、夜は記者たちと懇親会となったのですが、そんなときでも滝沢さんは『ジャニーさんにも声をかけたほうがいいぞ!』と後輩たちに言っていました。それほど気を遣っていた。そういう意味でも“相思相愛”の関係なんです」(テレビ局関係者)

 

滝沢はジャニー社長の背中を見続けていた。先の『週刊新潮』でもその思いを熱く語っている。

 

「とにかく今はジャニーさんの頭の中にある構想を現実にすることで頭が一杯。(略)昔は怖かったですね。若い頃、生意気言って、怒られたこともありますし…。でも、そういったところをすべて受け止めてもらってここまで来られたので、もう本当に親以上の存在です。だから何かを返さなければという思いも強いんです」

 

滝沢は数年前からジャニー社長の誕生会の幹事も率先して引き受けてきた。前出のテレビ局関係者は言う。

 

「滝沢さんの奔走で、近藤真彦さんや東山紀之さん、中居正広さん、嵐など、ほとんどのタレントが出席する大がかりなパーティーになったそうです。ある年は中居さんが一番はしゃいでいたとか。今までジャニーズ事務所のメンバーたちがこうして一堂に会する機会は意外になかったようですね」

 

最初は「You、僕は行かないからね。ほんとにやめてよ、そういうの!」と照れていたジャニーさんも、参加してみると「人生でいちばん嬉しかったです」と笑顔で喜ぶほどだったという。

 

次世代のスターを、世界に羽ばたかせたい。『ジャニーズ』誕生の瞬間から57年、ジャニーさんの強い願いは、滝沢がJr.たちを東京ドームに送り込むことで受け継がれていく――。

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