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ジャニー喜多川さん(享年87)のお別れ会が9月4日に東京ドームで行われた。設置された祭壇の脇には、ジャニーさんが愛用していた野球帽などが飾られていた。また左右に設置されたモニターにはジャニーズからデビューしたタレントたちのジャケット写真が。ジャニーズ事務所を代表して挨拶に立った近藤真彦(55)は「ジャニーさんらしく、Show must go on。笑顔で見送ってほしい」と述べた。

 

またKinKi Kidsの堂本剛(40)は「少年のようなキレイな眼差しだった。その美しい眼差しが、苦しい時も、悲しい時も、つらい時も大きく支えてくれた」と語り、「シンプルに『ありがとう、愛してるよ』と伝えました」と別れのエピソードを明かした。

 

ジャニーさんは12年、ギネスブックに『最も多くのコンサートをプロデュースした人物』『最も多くのNo.1シングルをプロデュースした人物』『最も多くの音楽チャート1位獲得アーティストを生み出した人物』の3分野で登録されている。

 

27年前、本誌に登場した際にジャニーさんは「僕はひと山いくらで売り出すためにグループをつくっているんじゃない。個々のキャラクターを生かすために組ませているんです」と自身のポリシーについて語った。また「“18歳までに基礎を教えれば育つ”というのが僕の信念。才能を磨いて輝かせるのがわれわれの仕事です。これからは、日本発の世界に通用するアーティストがどんどん育っていくことでしょう」とも明かしていた。

 

その手腕はさることながら、面倒見の良さも“ジャニーズ帝国”を築く要因となったようだ。18年末に芸能界を引退し、現在ジャニーズ事務所の子会社・ジャニーズアイランドの社長となった滝沢秀明(37)は引退時に《ずっと自分を育ててくれたジャニー社長のタレントを育成、プロデュースしていくという意思を継ぐ》とコメントしている。そこには13歳からジャニーさんの寵愛を受けていた滝沢にとって“恩返し”の気持ちがあったようだ。「週刊新潮」の同年10月4日号で、滝沢はジャニーさんについてこう語っている。

 

「昔は怖かったですね。若い頃、生意気言って、怒られたこともありますし…。でも、そういったところをすべて受け止めてもらってここまで来られたので、もう本当に親以上の存在です。だから何かを返さなければという思いも強いんです」

 

メンバーを我が子のように慈しんだジャニーさん。その親心は、嵐の大野智(38)の人生を変えるキッカケにもなった。

 

「大野さんはジャニーズに入所してからも、2年ほどは芸能活動に積極的ではありませんでした。『辞める』とジャニーさんに伝えたところ、(堂本)光一さんの舞台『MASK』の稽古場に連れて行かれ、ジャニーさんの勢いに押されダンサーとして参加することに。それでも再び『辞める』と宣言したところ、レコーディングを手伝うように言われました。そうして出向くと『嵐』『大野ソロパート』と書かれた紙を渡され、さらに翌週にはハワイで嵐のデビュー会見に。もともとジャニーさんは大野さんの歌唱力を高く評価していたのです。『辞めるなんてもったいない!』と思い、引き止めたのでしょう」(音楽関係者)

 

ジャニーさんの亡くなった翌日、大野は《ジャニーさんと出会えたことで僕の人生は大きく変わりました。嵐をつくってくれてありがとう》とコメントを発表している。

 

「人生で最大の恩人は?」との質問に「ジャニーさん」と即答したのは嵐の相葉雅紀(36)だ。8月に放送された「24時間テレビ」(日本テレビ系)では20年末に活動休止となる嵐メンバーへ涙ながらに手紙を送ったが、放送終了後の会見では手紙について「『休止の期間というのが無駄にならない、パワーアップの時間になったらいいな』っていう思いを込めて書かせてもらいました」と語っていた。

 

相葉が手紙に込めた“思い”について今月、ある音楽関係者は本誌にこう明かしている。

 

「嵐を結成する際、最後に選ばれたのが相葉さんでした。誰よりも気遣いができて、周囲を明るくする彼の人柄を見抜いていたんです。今回の相葉さんの涙の手紙には“天国のジャニーさんに報いたい”という思いも強くありました」

 

ジャニーさんへの思いを胸に、メンバーたちは未来へと向かう。

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