俳優・片岡信和がモーニングショー気象予報士に挑戦した理由
この春から「モーニングショー」で気象予報士を務めている片岡信和。

「気象予報士に決まったときは、この上ない喜びでしたね。もともと亡き父が番組を見ていたので、母もすごく喜んでくれて。僕以上に周りが嬉しかったみたいで、そのことに幸せを感じました」

 

こう語るのは、現在「羽鳥慎一 モーニングショー」(テレビ朝日系列で月~金あさ8時から放送中)で気象予報士を務めている片岡信和(34)だ。08年に「炎神戦隊ゴーオンジャー」のゴーオンブルー役でデビューした彼はこの春から、再びテレビ朝日の“朝の顔”を務めている。

 

もともと20歳の頃から俳優として活躍してきた片岡。自然災害で自身の作品がお蔵入りとなり、「芸能の仕事は平和じゃないと成り立たない」と痛感。そして、予報士を志すことになった。

 

「災害が起こるとテレビや新聞で『今できることをみんなで頑張ろう』って言われますよね。でも自分の場合は作品が日の目を見ないと、何もできないで終わるんです。それが悔しくて……。芸能以外でも人の役に立つ仕事がしたいと思い、予報士のテキストを手に取りました」

 

そして2年もの勉強の甲斐あり昨年3月に資格を取得! そんな彼にとって本格的な予報士の仕事は今回が初となる。「モーニングショー」は昨年度の世帯平均視聴率が9.6%、民放のなかでは同時間帯の首位を4年連続で独走している(ビデオリサーチ調べ/関東地区)。人気番組に起用されたことで、当初は緊張していたと片岡は明かす。

 

「決まった当初から手が震えて、喉が渇くようにもなって。番組スタッフの方と会うようにもなり、ウェザーセンターでテロップに合わせて話す練習もしていきました。すると『知識だけでなく伝える練習も必要だ!』と気づいて、まぁ自信はなくなりましたね(笑)。放送初日は膝が震えたり、指揮棒で丸を書こうとしても菱形になったりしてました」

 

しかし片岡は「今は落ち着いて天気を伝えているので、説得力が増していると自負しています」と話す。成長の陰に新型コロナウイルスでの“修行期間”が影響しているようだ。

 

「番組に参加してから2週目で緊急事態宣言が出ました。気象コーナーは別のスタジオで撮影することになって、1人で予報を伝えることに。共演者の皆さんとも画面越しに会話をしました。それが4月、5月と続いて心細かったのですが、『僕がトチったら誰も助けてくれない』って必死でした。すると、久々にスタジオに戻って予報コーナーをした時に落ち着いて話している自分に気づいたんです。今思えば、その2ヵ月が修行期間になりました」

 

修行で培ったものは、7月初旬に九州や東海地方を襲った豪雨災害の際にも活かされたという。

 

「普段の天気予報とは別に時間を作って、しっかり解説をしました。予報士になって初めての災害なので、『伝えよう』という責任感もすごく強くて。時間内に必要な情報をどれだけ伝えられるかを意識して、本番は舞台に上がるような気持ちでした。するとコーナー終わりに羽鳥慎一さん(49)が『ありがとうございました』って言ってくれて、救われたような気がして……。羽鳥さんは大きな船のような人。隣に立ってくれるだけで安心感を覚える方です」

 

いっぽう片岡は予報士だけでなく、俳優としてもさらなる飛躍を目指している。そこには18年2月に亡くなった大杉漣さん(享年66)の影響があるようだ。

 

片岡と大杉さんは「京都地検の女」や「広域警察9」(ともにテレビ朝日系)といった人気シリーズで共演している。「役者としてはもちろん、漣さんの人柄が大好き」という彼は、こんなエピソードを話してくれた。

 

「演技に悩んだとき、漣さんに『芝居がわからなくなりました』と飲みの席で言ったことがあるんです。漣さんは具体的なアドバイスではなく『僕もね、こういうことがあってね』って自分の失敗談をたくさん話してくれて。すると、胸につかえていたものが自然と取れていったんです。『話してよかった』と思ってたら、お開きの時に漣さんが『でもね、これだけは言えること。僕は、君のお芝居が好きだよ』って言ってくれたんです。その言葉がキッカケで、芝居がさらに好きになりました」

 

片岡は「役者も予報士も伝える仕事」と語る。最後に、こう意気込んだ。

 

「役者は思いを、そして予報士は天気を伝えます。“相手に届ける”という点は一緒だと考えています。漣さんが僕に必要な言葉をかけてくれたように、予報士として視聴者の皆さんに必要な情報を届けたい。仕事のジャンルを問わず一生懸命伝えることが大切だと思います。これからもっと、役者として予報士として頑張りたいです!」

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