“家族としての前進”を選択した金子家。その結果、宮崎氏が辞職をしても一家の歯車は回った。
「子育て1年目のころ、恵美さんは政治家として奮闘していました。いっぽう宮崎さんは辞職後に起業。午前中はアポを入れないようにするなど、育児と仕事のバランスを第一に考えていました。さらに彼は恵美さんのマネージャー業も担っていて、美容院の予約も彼がしていたと聞きます」(金子氏の知人)
18年5月、本誌はデートを楽しむ2人を目撃している。そこで宮崎氏はハンバーガーを一口大にちぎって、金子氏の口に「はい、あ~ん」。あれほど波乱を呼んだ不倫報道とは打って変わって、2人の関係はいたって良好だった。
さらに金子氏は今年10月、「許すチカラ」を上梓。その解説には「妻として母として女としてーー許すことで私は幸せになれた」とつづられている。
「そもそも恵美さんは独身時代、結婚を想定していなかったそうです。ですが、宮崎さんとの授かり婚のお陰で『結婚や育児の喜びを知った』とも彼女はいいます。
こうしたこともあり、恵美さんは山あり谷ありの結婚生活を“これも運命”と受け入れているようです。ですから、不倫が報じられても彼女は動じないのでしょう」(前出・金子氏の知人)
金子氏の“許すチカラ”は、またもや発揮されたようだ。