スポーツ選手の健康管理を歯科医学の見地から調べている江口院長は、日本高校野球連盟と協力し、高校球児にマウスガードの普及にも努めてきた人物だ。
「“世界の王”といわれた王貞治さん(80・現ソフトバンクホークス球団会長)は、ホームランを打つときに激しく歯を食いしばっていたから、引退時には、奥歯がボロボロだったと聞いたことがあります。
歌舞伎役者が見得を切るときには、口を真一文字にして、奥歯をぐっと噛みしめます。それを何度も繰り返すと、歯の表面も削れるし、歯を支える骨までもろくなってしまいます。とくに海老蔵さんの『睨み』は歯への負担が大きいので、歯を支える部分が弱くならないように歯科医院で歯周病のケアをしているのかもしれませんね」
市川団十郎家が代々継いできた「見得」のひとつ「睨み」は、歌舞伎役者のなかでは海老蔵だけが舞台で披露できる所作。「ひとつ、睨んでご覧にいれましょう」とカッと目を見開き、ぐっと奥歯を噛みしめながら客席を見渡す睨みは迫力満点だが、歯のダメージは少なくないようだ。
2人の子供たちへの「歯の意識」を高める指導も、自身が辛さを体感しているからこそなのかもしれない。
「いずれ加齢とともに、歯が欠けたり抜けたりすることも。さらに前歯が前に倒れてきて、表情が変わってしまうこともあります。その影響で歯の並びも悪くなるし、顔貌自体が変わってくることもあります。歯科医の指導のもと、マウスピースをつけて摩耗を防いだり、噛みしめをやわらげたりするなどの歯周に対してのケアが大切になってくるでしょう」(江口院長)
最近では、歯には健康を支える重要な働きがあることが明らかになっている。
「歯の残数が寿命と比例します。とくに歯のケアが十分でないと、歯周病菌などに感染し、それがもとで動脈硬化や心疾患、糖尿病などのさまざま疾病の原因にも。また、歯を失うことで口の機能の低下するオーラルフレイルになると、総死亡リスクが2.1倍も高くなることがわかっています」(江口院長)
邪気が払われ、無病息災で過ごせる効果があるとも言い伝えられている睨み。そのご利益のカゲに、演じる役者の意外な苦悩があった。