戸田恵子が始めたワンオペ介護 50年前離別の父を東京の施設へ
画像を見る 4月中旬、実父に寄り添い介護施設へ入る戸田

 

■母の死後、今度は離別の父が脳梗塞に…

 

彼女を知る舞台関係者は言う。

 

「戸田さんが仕事のロケなどで数日外出する際は介護施設のショートステイを利用したこともありました。ただ、お母さまはもともと人と一緒にいるのが得意ではなかったそうで、施設に順応するのは難しかったと聞いています。ヘルパーさんにお願いするのもお母さんが気を使うからと最終的に在宅介護を決心したそうです」

 

母親が亡くなった翌年、戸田は井上と離婚している。

 

「当時、母親の介護による別居も、離婚の一因だったのではと報じられました」(スポーツ紙記者)

 

母親の死を、戸田はなかなか受け入れられず、母親の遺品整理にかなりの時間を要したそうだ。

 

《最近になってようやく、母の部屋にあった小さな冷蔵庫を処分しようかな、という気になりました。死後10年って、少しずつ受け入れられるようになったのでしょうね》(前出『婦人公論』より)

 

母を亡くした心の傷が少しずつ癒え始めたころ、名古屋在住の父親が脳梗塞で倒れたという。

 

「病気が再発したこともあり、視野狭窄で視界がかなり狭まってしまったそうなんです。

 

お父さんはかつて料理の仕事をしていた時期もあり、家事全般を自らできる方だったのですが、ひとり暮らしを心配した戸田さんは、お父さんにケアハウスやサポート施設への入所を相談。地元のそうした施設へ頼ることを決めたそうです」(前出・戸田の知人)

 

定期的に父親の様子を見に、地元に戻っていた戸田だったが、新型コロナの感染拡大により、父親と会えなくなってしまったという。戸田は4月14日放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)でこう語っている。

 

「そのうち“東京からの人とは接触してほしくない”ということになりまして。それもわかります、高齢者の施設なのでね。これはどうしたものかなと思って……。それで東京の施設で面会ができるところもあると知り、まさかとは思ったんですけど『東京に来る気はある?』と(父に)聞いたら『来る』って言ったんですよ!」

 

次ページ >「母のことに関してはいつも後悔がたって…」

【関連画像】

関連カテゴリー:
関連タグ: