『タイタニック』公開に併せて来日したレオナルド・ディカプリオ 画像を見る

住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代、映画館で見た洋画の話。活躍する同世代の女性と一緒に、“’90年代”を振り返ってみましょうーー。

 

「どこまでも広がる大海原を進む豪華客船の船首で、両手を広げたヒロイン役のケイト・ウィンスレットを、後ろから抱きかかえるレオナルド・ディカプリオ。大ヒットした映画『タイタニック』(’97年)のあまりにも有名で象徴的なシーンは、まだハデ婚文化が残っていた’90年代後半の披露宴で新郎新婦が入場する際の演出や、テレビ番組のコントネタとしても幅広く使用されました」

 

そう話すのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(55)。

 

10代から俳優のオーディションを受けていたレオナルド・ディカプリオは、映画出演4作目となったジョニー・デップ主演の『ギルバート・グレイプ』(’94年)で、19歳にしてアカデミー助演男優賞にノミネートされた。

 

しかし、まだこのころ日本ではほぼ無名。ようやく注目され始めたのは『太陽と月に背いて』(’95年)、『ロミオ+ジュリエット』(’96年)あたりから。

 

「イケメンとはいえ、写真で見ると飛び抜けた存在とまではいえませんでした。ただ、映像となると、ふとした瞬間に浮かべる切ない表情であったり、少し遠くを見る物憂げな表情であったり、口角を上げてフンとあしらうような笑顔であったり……、ちょっとしたしぐさや表情がセクシーで、一発で胸を射抜かれた女性が多くいました。引き込まれるような演技力が、彼の最大の魅力なのではないでしょうか」

 

■『タイタニック』で “レオ様”ブーム到来!

 

大出世作となったのは、ジェームズ・キャメロン監督の『タイタニック』だ。

 

「タイタニック号を忠実に再現したCGも圧巻でしたが、良家の子女と、画家を夢見る貧乏青年とのせつない“格差恋愛”が感動を呼び、一気に“レオ様”ブームの到来となりました」

 

同作の日本での配給収入は160億円を超えたともいわれている。

 

「3時間を超える大作のため、ビデオ化されたときは上下巻に分けられました。レンタルビデオ店では、軒並み“レンタル中”の札がかけられたものです」

 

こうしたビデオ機器の普及により映画の観客動員数が減少し、’80年代から続いたハリウッド映画の隆盛は転換期を迎えていた。

 

「さらに『冬のソナタ』が日本でも大ブームとなった’03年以降、ハリウッド映画よりも、韓流作品の注目度が急速に高まりました。そういった意味でディカプリオは、“名前で客を呼べる”最後のハリウッドスターだったといえるかもしれません」

 

【PROFILE】

牛窪恵

’68年、東京都生まれ。世代・トレンド評論家でマーケティングライターとして『ホンマでっか!?TV』フジテレビ系)など多数の番組で活躍

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