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徳島阿波踊り、博多祇園山笠、青森ねぶたといった伝統的なものからFUJI ROCK FESTIVALやSUMMER SONICなどの音楽フェスまで、今年の夏を各地で盛り上げた日本のお祭り。

 

そんななか、晩夏に東京・新宿でそれらに負けないほど熱気を帯びた“お祭り”が開催されていた――。それは、「新宿三井ビルディング 会社対抗 のど自慢大会」。

 

「新宿三井ビルディング」に入居しているテナント企業のみが参加できる企業対抗カラオケ大会で、ビル竣工初年度の1975年に第1回目が開催された歴史あるイベントだ。コロナ禍により4年ぶりとなった第46回目となる今年は、44社から計75組213名が参加し、8月23日と24日に行われた予選を勝ち抜いた20組が25日の決勝に出場。連日、熱い戦いが繰り広げられ、絢香×コブクロの「WINDING ROAD」を歌った「PayPay銀行株式会社」が見事優勝を果たした。

 

企業対抗のカラオケ大会といっても、マイク1本だけでステージに立つ者から入念にダンスや演出を準備する組まで出場者のパフォーマンスはバラエティに富んでいる。そして歌唱時には、所属企業の社員も総出でステージ下に駆けつけ、使用済みのシュレッダー紙を使用した“紙吹雪”を盛大に舞い上がらせて応援するのも「新宿三井ビルのど自慢」の特徴だ。

 

新宿三井ビルに入居していない一般人も無料で見ることができ、そのユニークかつ凄まじい熱量の大会が年々評判を呼ぶように。決勝当日には大勢の観客が会場詰めかけ、レイザーラモンRGと氣志團の綾小路翔も予選を訪れたことをTwitter(現X)で報告していた。

 

なぜ、素人である会社員のカラオケ大会がここまで人を魅了させるのか。そこで、毎年観客として参加し、その魅力をTwitterで発信し続けている“新宿三井ビルのど自慢の伝道師”とも言えるライターの下井草秀さんに話を聞いた。

 

下井草さんが、その存在を知ったのは2013年の第39回大会。しかし、最初は半信半疑だったようだ。

 

「たまたま開催前の週に西新宿を歩いてたら、石井明美さんと森川由加里さんの“男女7人コンビ”がゲストとして出演するというポスターを見たんです。その前段である会社員のカラオケ大会に関しては割りと斜に構えた目線で、そんな大したことないだろうなあというつもりで行ったら、心をギュッと掴まれて。

 

会場にはたまたま知り合いが同じような理由で、3~4人いたので、終わってから飲みに行ったら異常に盛り上がって。これはもう毎年来なきゃなんないってなって。その次の年から毎年行くようになりましたね。最初は決勝だけ行っていたんですけど、3年目あたりからどうもこれは“予選も見ないとダメらしいぞ”ってことになって。決勝には進出できなかったけど、すごい人がいたりするんです」(以下、カッコ内は下井草さん)

 

1テナントにつき3組まで出場可能で、熾烈な社内選考を行うところもあるほど各テナントも力を入れる「新宿三井ビルのど自慢」。大会側もマンネリ化しないよう制度設計を綿密に考え抜いていた。

 

「非常にいい仕組みを導入していて、一度3位以内に入賞した人はその後5年間は“殿堂入り”という形で出場できません。そのために、毎年同じような出場者ばかり見るということがなく、フレッシュさが保たれるんです。だから4位の発表の時が、いちばん盛り上がったりするんです、“また見られるぞ!”って。

 

ただ、回数の下一桁に0と5がつく大会はアニバーサリー・イヤーとして、オープン大会になって、その時だけは“殿堂入り”ルールが撤回されるんです。前回(2019年)の45回はそうだったんですけど、今回は4年ぶりだったので、出場資格の制限なしで開催されました」

 

コロナ禍を乗り越えてついに開催された第46回大会。下井草さんが“ベストアクト”の一つとして推すのが、スターバックスコーヒージャパン株式会社による、東京ディズニーリゾート(R)パークミュージックの「ジャンボリミッキー!」。新宿三井ビル内のスターバックスで勤務する10名の女性が元気に歌って踊るというものだ。

 

「今年はSUMMER SONICのNewJeansか、三井ビルのジャンボリミッキーかってくらいでしたね。スターバックスは今までAKBグループや坂道系をやっていて、それはそれでいいんですけど、今年のジャンボリミッキーほど突き抜けたものはなくて。稚拙さを愛でる感じでもなくて、生命力というものを真正面からぶつけられた感じでしたね」

 

4年ぶりということもあって、会場の「55HIROBA」を始め、階段や通路にまで観客がぎっしり入った観客。年を重ねるごとに、その熱は高まるばかりのようだ。

 

「年々増えてますね。最初はまばらとまでは行きませんが会場内を歩く余裕も全然ありましたし、5~6回大会前までは、テナント企業の社員が応援できる舞台下のスペースに一般の人が入って、一緒に応援して、紙吹雪も投げることができたんです。

 

ビルの外から見えるところにもポスターを掲示していましたし、時期が近くなると新宿三井ビルのWEBサイトでも告知してたんですけど、ある年から一切やんなくなって。どうも過熱して客が入りすぎて警備上の問題になると思ったようで、2~3回前から逆に控えるようになったみたいです」

 

大会の常連だった「株式会社マクロミル」が今年5月にテナントから退去し、のど自慢ファンに衝撃を与えた。このように参加すればするほど、楽しみ方も増えていくという。

 

「本当に取引先でも大学の同級生が出てるわけでもないのに、ずっと見続けていると物語のうねりがあるんです。自分の努力ではどうにもならない転勤であるとか、テナント自体が退去するとか、同じビルで芸風が受け継がれていくということもありますね」

 

これまで8回の大会を見てきた下井草さんが、特に思い出に残っている出場者としてあげたのが――。

 

「行き始めて最初か2年目だったと思うのですが、ものすごく印象的だったのが、ある建設会社の近藤次長という方。その年の10月に定年退職するということで、会社の応援団が黄色のタオルを観客席に配り始めて、それに『ありがとう、近藤次長。何十年の感謝を込めて応援します』みたいなことが書かれていたんです。近藤次長は決してうまい人ではなく、素人っぽい感じで郷ひろみの『お嫁サンバ』を歌っているんですけど、そこにシュレッダーの紙吹雪が舞うところを見ていたら、本当に涙が出てきて。全く取引先でも友達でもない建設会社の次長に対して、『近藤!』って応援してましたね」

 

新宿三井ビルが位置する西新宿エリアには、多くの高層ビルが立ち並んでいる。下井草さんいわく、ここまで「新宿三井ビルのど自慢」が話題になったことで、真似してのど自慢を開催した周辺のビルもあったがこれほどの盛り上がりにはならなかったという。

 

ここまでの熱量を生む背景には、開催している三井不動産の“信念”もあるのかもしれない。昭和の頃の大会運営に関わった三井不動産ホテルマネジメント・足立充会長は、三井グループの新聞「三友新聞」の2020年12月10日号(下井草さん提供)の中でこう語っている。

 

《大会が盛り上がるにつれてビルを運営する私たちとテナントの距離感も縮まった。当時、賃料請求書は毎月、手渡しで届ける習わしだったが、大会のおかげで会話が弾んだ。(中略)デジタル化の進化とともに、オフィスマネジメントのあり方も変わっていくだろうが、時代は変わってもテナント、オフィスワーカーとのつながりを大切にしながら、大会の歴史を紡いでほしい》

 

最後に改めて魅了される理由について「大の大人が本気でやるとちゃんとしたものができるんだなっていうのがありますよね。本気でふざけてるようなもんじゃないですか。のど自慢がすごいのは、終わった後に3?4時間飲んでも誰一人この話しかしてないんですよ」と語った下井草さん。

 

果たして、来年はどんなドラマが生まれるのか。今から楽しみで仕方がない。

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