Ado 国立競技場公演が異例の決定も“姿見えないライブ”に賛否真っ二つ「YouTubeで十分」「音源とは全く違う」
画像を見る Adoの公式Xアカウントより

 

■ライブの参加者からは「音源とは全く違う」と絶賛の声も

 

いっぽうで、Adoのパフォーマンスをフォローする人たちはこう語っている。

 

《LIVEと言うと、アーティストの表情、仕草、バンドの演奏、ダンサーのパフォーマンス、等々を肉眼で見て肌で感じながら楽しむもの、と思ってますが、顔出しなし、映像のみ、とか新しい形のものを提供する人がいて、それを楽しめる人がいれば、それで良いのでは、と思います》

《顔出ししないライブに共感できる人は参加し、共感できない人は参加しない。それだけだと思います。やがてサプライズで姿を見せられる日が来るかもしれないし来ないかもしれない。それも楽しみの一つではないでしょうか》

《どんな表情かなんて、聞く人が自分の体験やその時の感情に照らし合わせて想像するのが良いんじゃないの?》

 

またAdoのライブに参加したことがある人たちからは《Adoのライブにも2回参加しました。初めはボックスの中ですが途中で出てきてくれて、華麗に歌い踊る様、歌唱力に感動しました》《時々はずしたり音源とは全く違う人間味溢れる歌声、でもすごい声量と迫力でこの歌声は素晴らしいと鳥肌がたちました! 顔は見えなくてもシルエットはみえるし、行ってよかったしファンになりました!》という声が。

 

しかし、《去年、さいたまスーパーアリーナでやったニコニコ超パーティーにて生Adoさん観ました 曇りガラスのボックス内に逆光にして出てましたけどライブなのに生感がまるでなかった、本人かどうかわからんし、そもそもちゃんと歌ってるかすらわからない》《Adoさんのライブにフェスで2回参戦したけど、満足度はその日観たアーティストの中で1番低かった》という声もある。

 

様々な声が交錯するAdoのライブスタイル。それだけ彼女が“新時代の歌姫”ということなのかもしれない。

出典元:

WEB女性自身

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