「映画のためならばできないことはない」というような心構えが最も重要だと思います

 ―― 我々はペ・ドゥナさんの大ファンで、『リンダリンダリンダ』や『グエムル』などいろいろ見させていただきまして、今日のインタビューを大変楽しみにしていました。デビュー以来12作ということで、その中でも日本の映画には2作品出演されていますね。韓国の女優さんでも初めてだと思うんですが、韓国と日本で撮影の違いがあれば…
imageペ・ドゥナ(以下、ドゥナ):撮影期間が比較的短いと、日本の場合は思います。『リンダリンダリンダ』の時はとてもびっくりしました。私はそれまで韓国において、3カ月未満で撮影を終えたことはありませんでした。けれども、『リンダリンダリンダ』の時は4週間、『空気人形』場合には6週間ということで、本当に早い期間で撮影することができるんだ、ということで驚きを覚えました。
また、日本の場合はプリプロダクションが完璧ななんだなあ、と思いました。『リンダリンダリンダ』の時には事務所の中でリーディングをしたんですけれども、その時に動きをつけてリハーサルのようなこともやりましたので、その後すぐにそれが身について、すぐに撮影に入ることができました。それがとても良かったと思います。『空気人形』の場合にも、プリプロダクションがしっかりしていたので、現場に行った後は感情を入れた演技をすればいいだけ、ということで、とっても合理的で効率的なんだなあと思いました。
またもう1つ違いというのは、韓国の撮影現場では1カット、1テイクを撮り終えると全員がまた戻ってきて、みんながモニタリングをするんですね。監督だけでなくて俳優から始まって証明、小道具、衣装からぜーんぶみんなが戻ってきて、一緒にモニタリングして確認するんです。それで自分が受け持ったパートで、何が悪かったかということをチェックするんです。俳優の場合には、もしもその時動きがおかしいと思ったら、監督さんと相談してまたそれを見つけていく、というようなことをします。それ以外は似ていると思います。

―― 『リンダリンダリンダ』もそうですし、『グエムル』とか…割とぺ・ドゥナさんの作品は全部見せて頂いて、いろんな役柄をすべて演じられるじゃないですか?その、いろいろな役柄を演じられる中で女優おして演技をされる時の心構えは何かお考えになった事はあるんですか?
ドゥナ:最も重要なことというのは、自分がこの映画に出る、出演すると決めたからにはそのための責任を負う必要があると思います。だからそれを最も重要視しています。もう1つは、リアルに見せることを考えています。『グエムル』なんかの場合では、私がアーチェリーの選手として出てくるので、アーチェリーの練習を6ヶ月間しました。ですから撮影現場では、弓を射ることができるのは私しかいませんでした。それくらい一生懸命練習しました。それから私は心を観客に見せることが非常に重要だと思うんですね。もちろん、俳優・役者として、技術や賢い頭というものは大事かもしれませんが、私は真心をもって演技すれば必ずお客様に心が伝わるという風におもいますので、そういったことも大事だと思います。

―― 今真心というお話があったんですけども、僕が一番印象に残ったのは、ビデオ店で空気が抜けた時、ARATAさんが空気を入れるシーンがあったと思うんですけど、あのシーンは感動的でかつ官能的なシーンでもあったと思うんですね。それであのシーンを演じられる前にペ・ドゥナさんが考えたことはありますか?
imageドゥナ:私も撮影に入る前というのは、シナリオを読んでいる時というのは、あの部分が非常に官能的なシーンだな、という風に思いました。直接素敵にダイレクトに何かを見せるわけではないんですけど、とっても素敵でセクシーだと思いました。でも実際に撮影に入っているときというのは、私が空気人形の役柄に入り込んでしまっていますので、こうやって演技をすべきだっていう考えはありませんでした。あの時はちぎれてしまって、そこから空気が抜けて、ってそういうシーンでしたよね。その時本当に私は、胸が痛くなってしまいました。このまま行ってしまうのかな、ですとか、自分が好きな人の前でこんな無様な格好で倒れているのが本当に嫌だったんですね。というのは、空気が抜けていくと足がふにゃふにゃ~っとなってしまって、スカートがめくれ上がってしまってそんな惨めな状態で倒れているのが嫌で嫌で、本当に涙が止まらないくらいにあふれてしまって…でも実際に撮影に入ってしまうと泣くことはできないので、撮影があるときにはそういった辛い想いを隠すことができませんでした。その撮影を1日やっていたわけなんですが、そういった無様な、惨めな格好をしていると、スカートもめくれ上がっているし本当に涙が出そうだったんですね。そしたらその時にすごくありがたいなあと思ったのは、その時わたしがARATAさんに目で訴えていたのかよくわからないんですけど、スッとARATA さんが来て、めくれ上がったスカートを手で直してくださったんですね。本当に心を読んでくださったのか、その時は本当に嬉しいなあと思いました。その時私が発するセリフというのが、「見ないで!」というセリフなんですけども、心の底から出てきて…こういう姿を見せたくないというのが本当に心の底から出てきた言葉だったんです。その時に順一によって空気が入れられるわけなんですけど、その時の感情っていうのは本当に気持ちが満たされていく、そんな感じがしました。本当にお互いに愛し合ってる人たちの、本当に愛し合っている姿ってこういうものなんじゃないかなあ、と思われるくらいでした。全身に、息づかいが入っていくのを感じましたし、とっても感動したと同時にこう胸にぐっとくるものを感じまして、歓喜というものを感じました。私自身がそういう風に感じていたので、だからこそ官能的に見えたのではないかなあというふうに思います。本当に言葉では表現できないような、そんな感動があったから見ている方にそういう風に見えたのだと思います。私自身もあれは非常に大事な、大切に思っているシーンです。

―― 今回の作品は、愛するものと愛されるものが必ずしも一致しない、向きも一致しない、そういう切なさがあると思うんですね。ぺ・ドゥナの恋愛観というか、それと作品の恋愛観を教えて頂けますか。
imageドゥナ:まず『空気人形』の恋愛観というまではいかないんですけど、私自身が恋愛観というものが、恋愛観自体があるのかなあというふうに思います。思い通りにいかないのが恋愛だというふうに思います。理想のタイプですとか、理想だとかそういうものはあるんですけど、愛とか理想とか、そういうものは頭で考えているようなそういったものではないのかなあというふうに思います。
『空気人形』について申し上げますと、『空気人形』という存在は純粋に秀雄から愛を受けて順一を愛してあげた、そういったものではないと思うんです。私は『空気人形』というのは全員を愛していた、と思うんです。『空気人形』は撮影をしている時に、秀雄に対しても愛情を持っていました。秀雄というのは、私『空気人形』を存在させてくれた存在ですし、また秀雄に対して憐み・憐憫の情というのを感じていました。ですから順一とは違う愛情というものを持っていました。ですから、秀雄が違う人形を連れて来た時というのは、そういったことに対して裏切られたような感じがしましたし、自分自身の存在感が揺れてしまったような気がしまして、辛かった、そういった記憶があります。
image人々というのは、社会生活のなかで人との関わりの中でどんどんどんどん心を閉ざしていってしまうんですけども、空気人形たぶん汚れていないからかもしれないんですけども、そうではないのではないかなあと思います。
私自身というのは、空気人形ほどは純粋ではないので、あんなにはロマンチックじゃあないです(笑)恋愛よりも仕事の方がいいと思うことがたくさんありました。

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