大地康雄が映画『じんじん』の企画を思い立ったのは08年のこと。前作『恋するトマト』の上映会で北海道旭川市を訪れたとき、ある町を知ったことがきっかけだった。町ぐるみで取り組んでいる絵本の読み聞かせの様子を見て、その世界を映画にしたいと思ったそう。
だいち・やすお★
熊本県出身。映画『マルサの女』(87年)で本格俳優デビュー。おもな出演作に、映画『砂の上のロビンソン』(89年)『病院へ行こう』
(90年)『ミンボーの女』(92年)『武士の一分』(06年)などがある。05年公開の映画『恋するトマト』では、企画・脚本・製作総指揮・主演の1人
4役を務めた。
映画『じんじん』
監督/山田大樹
7月13日(土)シネマート新宿、7月27日(土)有楽町スバル座(モーニングショー)ほか、全国順次公開
(オフィシャルサイト)http://www.jinjin-movie.com/
――08年から温めてきた企画がいよいよ公開です。現在の心境はいかがでしょうか?
「自分のまいた種が、多くの人との御縁によって、こんなに立派な花を咲かせるとは思っていませんでした。映画ファンに人気のある『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2013』で、賞を2つ(招待作品部門・人物賞)いただきましたし、これから多くの人に見ていただきたいなと思います」
――改めて、完成作をご覧になっての感想をお聞かせください。
「自分でいうのも変ですが、こんなにいい映画になっているとは思っていなかったのでね(笑)。撮影しているときは役に集中しているから。試写会でもいろんな人から感動の声を聞いて、これは予想していた以上だと実感が湧いてきて。関係者に感謝のひと言ですよね」
――出演者も豪華ですよね。中井貴惠さんは、28年ぶりに銀幕にカムバックされたとお聞きしました。
「みなさん、脚本にほれこんでくれて。出番の多い、少ないにかかわわらず、参加してくれたんですよ」
――企画を思い立ったのは、08年に北海道の剣淵町を訪れたとき、ということですが……。
「前作の『恋するトマト』の上映会のときに北海道を訪れて、その夜、地元の人に『連れて行きたいところがある』と案内されて。その方が剣淵出身の方で、『ぜひ町を紹介したいんだ』って。『何があるんですか?』って聞いたら、『絵本だ』と。次の日には東京へ帰る予定だったし、絵本のためにわざわざ飛行機をキャンセルしてまでなぁ……と、最初は渋々という感じで行ったの。じつをいうと、絵本にはあんまり興味なかったのよ。子供が読めばいいだろう、と思っていたから。それが、絵本の読み聞かせを見てみると、子供たちがお姉さんの語りを真剣に聞いている。最初は、ウンチの絵本。子供たちは全員、お姉さんの話を聞くために、どんどんお姉さんに近づいていく。それで最後のオチで、全員が床にひっくり返って大爆笑。その様子にびっくりして。絵本ってこんなに力があるんだなと。自分もいろいろな演技をしてきたけれども、絵本の力に負けたなと思った。そのあとに登場したのは、作業服姿のままの、農家のお父さん。動物が親離れしていく悲しい内容の絵本なんだけど、今度はみんな、目に涙をためて聞いていたの。このときの、輝く子供たちの顔に、この国の明日の希望を見たんだよね」
――子供たちの素直な反応とともに、大地さんも引き込まれていったんですね。
「そう。それで、お母さんたちに『子供たちのこんなに豊かな表情、初めて見ました。絵本の読み聞かせをしてから、どんな変化がありましたか?』って、取材した。そうしたら『うちの子は頭は悪いけど、思いやりのある子に育っている』『相手が困ることをしたら、その人が悲しむということを覚えた。想像力がついた』『ゼロ歳から読み聞かせを続けて、2歳になったら、感じたこと、考えたことを言葉にできるようになった。言語力がついた』と、いいことばっかりおっしゃる。人間として生きていく基本的で大切なことが、絵本を通じて身についているんだな。絵本を通じて、親の愛情をしっかり受け、愛されている子たちが間違いなく育っているわけよ」
――絵本の力を確信されたんですね。
「絵本の力で、他人や家族との関係がうまくいっている。さらに絵本を軸にして、優しい町づくりにも成功している。こんな町が増えたら、日本はもう少し、優しい平和な国になるんじゃないかと、そんなことを考えた。せっかく生まれてきた小さい命が、親に奪われることもある時代でしょ? 自殺もいじめもなくならない。とんでもない時代になったよね、日本は。だから、私が剣淵で見た素晴らしい世界を、なんとかしてメッセージとして伝えたくなって、映画を作ろうと決意したんです」
――今回、大地さん演じる立石銀三郎は、少しお調子者風で飄々と生きていますけど、ご自身と似ている点などはありますか?
「銀三郎は大道芸を通じて人を笑わせながら、自分も楽しく生きている人。私自身、小学校のころから親が働いていて、いっしょにいる時間が少なかったから、友だちがすべてだった。だから、友だちを笑わせることで喜びを感じる子だった。映画を見たら、自分なりに面白おかしく脚色して、友達に聞かせるわけ。そうすると、いつの間にかクラス中が集まってきて『お前の話は映画より面白い』って。そんな少年時代を思い出しながら演じた部分がありますね」
――絵本を作るシーンではイラストを描いていましたが、あれは本当に大地さんが描いてらっしゃるんでしょうか?
「そう。3日間、絵本作家のあべ弘士先生に弟子入りして、先生が描いた絵に近づくように練習したんだよ。先生はいっさい教えてくれない。教えてくれないけど、褒めてくれる。それで、調子に乗ってどんどん描いていたら、先生の絵に近くなっていって」
――絵のうまさに驚きました。もともと絵を描くのがお好きだったんでしょうか。
「子供のころ、初めて先生に褒められたのは、絵について。野外で花をリアルに描いたときだった。それが発揮されたのかもしれないね」
――タイトルの『じんじん』は、胸に『じんじん』と来る、というところからつけられたんですよね!?
「これは、脚本家の方がつけた仮題だったんです。『じんじんと感動してほしいから』っていう意味で。でも俺は最初、反対だった。『感動できなかったら、どうなるんですか?』って。ところが最終的には、まわりのスタッフも『じんじん』でいいっていうことになってね。子供から大人まで「笑って泣いて感動」という映画の王道を行ってます。そして最後に人生で、つい忘れがちな、一番大切なことを絵本がやさしく思い出させてくれる映画です。ご家族でぜひ見ていただきたいですね」