中学校の吹奏楽部を舞台に、部員たちの友情や成長を描いた映画『楽隊のうさぎ』が現在公開中だ。
引っ込み思案の男の子、楽器の経験がない子が、部活動を通して音楽に夢中になっていく様子が爽やかに描かれている。
原作者の中沢けいさんに、お話をうかがった。

なかざわ・けい★

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59年10月6日生まれ。神奈川県出身。78年小説『海を感じる時』で第21回群像新人賞を受賞。85年小説『水平線上にて』で第7回野間文芸新人賞を受賞。

映画『楽隊のうさぎ』

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原作:中沢けい『楽隊のうさぎ』
監督:鈴木卓爾
出演:川崎航星 宮崎将 鈴木砂羽 井浦新 山田真歩
オフィシャルサイト:http://www.u-picc.com/gakutai/
ユーロスペース、新宿武蔵野館(モーニングショー)にて公開中。全国順次公開

(ストーリー)
「授業が終わったら、早く家に帰りたい」と考えている引っ込み思案の中学1年生・奥田克久。克久が廊下を歩いていると、目の前に奇
妙なうさぎが現れる。うさぎの後を追いかけると、たどり着いたのは音楽室。そこで目にしたティンパニの演奏に心を奪われ、当初の思惑とは反対に、克久は学
校で練習時間が一番長い吹奏楽部に入部することになった。

 

――本作は、幅広い世代に長く愛されている中沢先生の著作ですが、完成作をご覧になっての感想をお聞かせください。
「3度見たんですけど、見るたびに面白いです。主役がいて脇役がいてストーリーが流れるという作り方をしていないので、それぞれの人たちがきちっと演技をしているんですね。見る回数を重ねていくと、画面の端にいる子もこういう表情をしていたんだ、という発見がたくさんあるので、ひじょうに面白い感じがしました」

――映画を拝見して、吹奏楽部の音色を聴きながら校庭で部活練習をしていた自分の中学生時代を思い出し、いろいろと懐かしくなりました。
「放課後、必ず音色が聞こえてましたよね。そういう感想を持つ人は多いですよね」

――吹奏楽部を舞台にした作品を書こうと思われたきっかけは、何だったのでしょうか?
「私には2人子供がいまして、どちらも現在30を過ぎていますが、彼らが現役中学生だった15年ぐらい前、吹奏楽部にいたんですね。ですから子供たちから話を聞いて書きました。お兄ちゃんが最初に吹奏楽部に入って、妹を引きずりこんだ感じで。兄妹で一緒に吹奏楽部にいた時期も1年ありましたね」

――兄弟で同じ部にいらっしゃったのですね。
「東京郊外の小さい学校でしたので、部員不足になる年があるんです。部員数が多い学年が抜けると部員がすごく減ってしまう年があって、うちの上の子が3年生になる時がまさにそれでした。ですからまず兄弟に声を掛けて、その友達にも声を掛けないと部員が足りないぞ、ということで、妹を少しずつ入部するように引きずり込んでいましたね」

――まさしく、原作・映画作品の世界ですね。
「執筆にあたって、子供たちから難しいことを言われたんです。息子は自分がモデルだということを一切分からないように書いてくれと。娘のほうは、この人物は私がモデルだと微妙に分かるように書いてほしいけど、悪い役にはしないでほしいと。どうにかクリアしました(笑)」

――完成作を、お子さんはご覧になったのでしょうか。
「試写会で観させていただきました。いろんな感想を言っていましたね。息子は今も音楽の道を歩んでいて、ずっとホルンを吹いています。中学の時に吹奏楽部に入ったのが原点ですよね」

――中沢先生は何か楽器を続けてらっしゃるということは……。
「いいえ、ないです。それに音痴ですし。トークショーの時、鈴木卓爾監督も音痴、私も音痴というのがわかったんです。音痴な原作者と音痴な監督で、どうして音楽に関する映画をつくっちゃったんだろうって言いながら。鈴木監督も楽器のご経験はないとおっしゃっていました」

――作家デビューされて35年ですが、映画化されたのは『楽隊のうさぎ』が初めてということで、意外な気がしました。これまでにも著作の映画化の話はあったと思うのですが。
「映画化が実現したのはこれが初めてですね。これまでにも(自分の作品の)映画化の話は何度かあったのですが、やはり、金銭面ですとかそういう問題があって、実現しませんでした」

――今回はそういった面もすべてクリアされたんですね。
「そうですね。びっくりしました。2011年3月11日に震災が起きたので、もう、映画化は実現しないんじゃないかなと思ったのですが……。ここ数年、40代の監督とお話する機会が多いんですけれども、感覚がすごく接近しているので、色んなことを理解していただいて嬉しいです」

――監督と年代が近いと、原作の世界観も伝わりやすいのでしょうね。
「中学生の時に、遠くのほうで吹奏楽部の音色を聞いているという、この原体験が共有できているのといないのでは全然違いますよね。それが、共有できているので、描写のディテールを説明しなくてもわかっていただける。今回、鈴木監督には、とてもいい映画にしていただいたと思います」

――撮影現場には足を運ばれましたか?
「何回か足を運びました。お邪魔にならないようにしようとはするのですが、出演者の生徒たちに質問されると、つい余計なことまで話してしまって。自由な雰囲気が現場にはあって、お話をさせていただいてとても楽しかったです

――ところで、中沢先生は、執筆する時間帯は朝なのでしょうか? それとも夜なのでしょうか?
「一番頭がまわるので、起き抜けです。それもパジャマのままで。冬はパジャマの上にコートを羽織って、パソコンを叩いています。夏はパジャマが薄くてそのままでは不安なので、麻のトレンチコートをつくりました。オーダーするときに『理科の先生が着る白衣のようなやつ』と言って。それで息子に『だったら、ユニフォーム屋に行って白衣を買ってくればいいじゃない』って怒られました(笑)」

――起き抜けに執筆されるんですね。
「昔は、深夜の執筆がよかったんです。昼は新聞の勧誘や宅急便屋さんが来たりして集中できませんし。でも、最近は、起き抜けのほうが進みますね。深夜はツイッターをして遊んでたりします。集中力がないので」

――11月には新作を発表されました。
「『動物園の王子』というタイトルで、50代の女性が主人公です」

――50代の女性を主人公にされた理由をお聞かせください。
「登場人物は私より年齢をちょっと上に書いていますけど、同年代のことを書こうと思って書いた小説です。50年前だったら、同年代の女性たちは、文字通り、“おばあちゃん”という雰囲気ですけど、今は、私より年上の方が私よりも早く歩いて私を抜いていきますからね。話すことも着るものも昔の50代とは違いますから、そのあたりをリアルに、少しコミカルに書いてみたいと思って」

――作家生活を長く続けてこられてご苦労もあったのではないでしょうか。引き出しの中が空になってしまって苦心した、とか。想像ですが。
「引き出しにはドラえもんがいるじゃないですか。たまに留守の時がありますけど(笑)。引き出しの中に最初から物は入っていないですね。徐々に入ってくる。それを35年続けていると、もう、ぎちぎちに詰まっているんです。むしろ、少し減らしていきたいくらい。引き出しは、出すだけじゃなく、入れる物でもありますから。そこにドラえもんがいたら鬼に金棒です」

――作家として、今後の野望などお聞かせいただきたいのですが。
「野望(笑)。書く仕事を始めたときは、原稿用紙にはストイックな気持ちで向かえと教えられたので、野望なんてとんでもない話です(笑)。ただ、電車とかで見ていて面白いなと思う人はたくさんいて、そういうものをスケッチして書いていきたいと思います。面白いものは世の中にいっぱいありますので」

――今日は、いろいろなお話をありがとうございました。最後に、原作者の中沢先生から、映画のPRをいただきたいと思います。
「音のドラマですし、登場人物が必ず誰かに見守られているし見守っている視線のドラマ。そういうものがたくさん詰まっているドラマです。ご自分の中学校時代を思い出すという感想も多く、そういう意味ではイメージの喚起力があるドラマだと思います。見た人が、映画の登場人物になれる作品です」

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