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「このお花、うちの師匠からいただいたもの(笑)。歌舞伎界では、師匠が弟子に花を贈るというのは、かなり珍しいことなんです」
 
舞台終了後の楽屋で、穏やかな笑顔で迎えてくれたのは、二代目市川月乃助。三代目市川猿之助(現・二代目市川猿翁)の内弟子として、歌舞伎ファンには、「市川段治郎」の名で長年、親しまれてきた二枚目役者だ。
 
9月より、大阪・新歌舞伎座で上演される舞台『元禄チャリンコ無頼衆 浪花阿呆鴉(なにわあほがらす)』で月乃助は、早乙女太一扮する剣客・雁金文七を相手に火花を散らす切れもの奉行・朝山彦太郎を演じる。スーパー歌舞伎の演出も手がける横内謙介が、そのお家芸ともいえる「宙乗り」を、なんと自転車で披露する。
 
「自転車での宙乗りは、初の試み。最大の見どころになると思います。歌舞伎に『当世流小栗判官』という通し狂言があるんですが、そこには馬の宙乗りが登場します。じつはその演出は、うちの師匠が映画の『E.T.』を見て、思いついたそうなんです(笑)」
 
文七を筆頭にした「雁金五人男」は、元禄時代に実在した無頼漢。彼らはのちにヒーローとして脚色され、歌舞伎や浄瑠璃などで上演されてきた。『男作五雁金(おとこだていつつかりがね)』などがその代表作だ。本公演では、目にも鮮やかな衣装をまとった男たちが、義に生き、義に散る青春時代活劇となっている。
 
「チャリンコにまたがる早乙女さんの姿は、現代の暴走族の総長のようですよ(笑)」
 
聞けば、妻で女優の貴城けいは、その早乙女の大ファンなんだとか。「性悪の色男を演じさせたら、月乃助も負けてはいないのでは?」と尋ねると「負けてますよ。無駄な抵抗はしません」と照れ笑い。
 
「歌舞伎では〝色悪(いろあく)〟といわれる役どころです。歌舞伎は悪人を美化し、凄惨な殺しの場面も美しく見せる面がある。その中で、色悪を演じられるのは男役の夢です。そういう意味では、この作品で演じる朝山も、ニヒルで謎めいた男。歌舞伎とは見せ方は違いますが、時代劇としてきちっと締めるところは締めたいですね」
 
近年、膝を痛めたことで歌舞伎から遠ざかることを余儀なくされ「腐った時期もあった」という。だが、新派の舞台やテレビ番組出演など、新たなジャンルに進出するきっかけにもなった。
 
「師匠が『ピンチのときこそチャンスだ』と言うんですが、そのとおりですね。やって無駄なものは何ひとつない。離れてみて、より歌舞伎の素晴らしさを知ることができました。スーパー歌舞伎は『ヤマトタケル』の初演から約30年がたちました。今後は、若手が知恵を出し合って、新しいものを作っていくのが師匠への恩返しになり、お客さまへの最大のサービスにもなると思います」
 
■プロフィール
いちかわ・つきのすけ★’69年1月6日生まれ、新潟県出身。’88年3月、国立劇場第9期歌舞伎俳優研修修了。同年4月、歌舞伎座『忠臣蔵』で初舞台を踏む。7月に四代目市川段四郎に入門し、市川段治郎を名乗る。’94年、三代目猿之助(現・猿翁)の部屋子とる。’00年、名題に昇進後、『新・三国志III 』、『ヤマトタケル』なで主役を務め、スーパー歌舞伎の看板役者として人気を集める。’11年12月、二代目市川月乃助を襲名。
 
■告知など
舞台
『元禄チャリンコ無頼衆 浪花阿呆鴉』
 
脚本・演出/横内謙介 9月5日(木)〜18日(水)、大阪・新歌舞伎座にて上演。問い合わせは新歌舞伎座テレホン予約センター(☎ 06‐7730‐2222)まで

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