亡き名作曲・作詞家・浜口庫之助さんに捧ぐ、として7月にアルバム『ハマクラづくし』をリリースしたマイク眞木さん(71)。アルバム中には彼のデビュー曲『バラが咲いた』も収録されている。収録曲は浜口さんの家族3人と、マイク眞木ファミリー14人が合唱だ。眞木ファミリー14人の顔ぶれは、マイク真木、加奈子夫人と長女、そして長男・眞木蔵人(43)と長女、次男、三男、その妻たちと子供たち……そして眞木の元妻・前田美波里さん(67)の姿もあった。
2人が結婚したのが66年。長男・蔵人に恵まれた2人だが、75年に離婚。それから40年……。なんと元夫婦は、家族ぐるみで交流を復活させていたのだ。アルバム発売の1か月後、2人が「元夫婦の意外な今」を明かしてくれた。
前田美波里(以下=前田) 私が再び眞木さんとお会いするようになったのは、やはり蔵人がきっかけですね。当時、彼は千葉の外房に住んでいて。近くに眞木さんも住んでいらして。私が孫のいづみ(蔵人の長女)に会いに行くと「親父も来ているよ」みたいな感じでお会いするようになって。私はごく自然に、何のわだかまりもなく眞木さんとお会いできたんですけど、眞木さんはどうでした?(笑)。
マイク眞木(以下=眞木) 僕も全然抵抗はなかった。世間には「別れた夫婦がよく平気で会えるな」って違和感をもつ人がいるみたいだけど、俺としては、逆にそういう人たちがいることに違和感をもっちゃうね(笑)。ずいぶん昔の話だけど、ハワイで結婚式を挙げて、そのままロスに行って、そのあとバークレーに行ったときのこと覚えている?
前田 覚えていますよ。
眞木 あのとき、ある家に行ったらパーティーをやることになって。そこで、別れた亭主と奥さんが楽しそうにダンスとかしているわけ。俺は、最初にそれを見たときびっくりしたけど、アメリカでは、そんなのはべつにどうってことないし、最初の家族と二番目の家族が、ごく普通に交流している。もちろんそうじゃない家族もいるけれど。僕としては、若いころからそういう光景を数多く見てきたから。いまの、あなたとの関係も「自然の流れだ」「べつにびっくりされるようなことじゃない」と思っているけどね。
前田 私も若いころから眞木さんと同じような体験をしたし、私の父はアメリカ人で、私には半分アメリカ人の血が流れていますから(笑)。ですから、このあいだ、加奈子さん(眞木の現妻)とお嬢さんの花(はんな)ちゃんの3人で、取材で沖縄に行ったんですね。
眞木 そうなの? それも知らなかった(笑)。
前田 話は戻りますけど、12年ほど前に久しぶりに眞木さんにお会いしたら、かわいいお嬢さん(花ちゃん)が生まれていて、加奈子さんが連れてきた男の子(前夫との子供で眞木さんの養子)もいて……。「ああ、やっぱり、ちゃんと自分の生きていく形を貫いているんだな」って思いました。眞木さんは大家族が夢だったから。
眞木 僕は一人っ子だし、僕が6歳か7歳のときに母親が亡くなって。そのあと、父親が男手一つで僕を育ててくれた。再婚もしないでね。そういう家庭環境だったから、大家族ほうがいいかなって思って。でも、大家族になってみたら、えらい大変だな、と。経済的にも。いまさらだけど、独りのほうがよかったな(笑)。気楽で。
前田 私は、家庭より舞台を選んでしまって。一度結婚して、離婚してからずっと独りですけど、舞台の仕事をやっていくうえでは独りのほうが気が楽ですね。私は不器用で「仕事も、家庭も」というのは、とても無理だから。ただ、さびしいなと思うときはありますよ、もちろん。でも、息子もいるし、孫もいるし,加奈子さんともすてきな関係でいられるし。眞木さんとも、時を経て、いまのような形でお会いできるほうがよかったんじゃないか、という気がするんですけれど、どうですか……。
眞木 僕らのような人間は、これから増えていくんじゃないの。
前田 現に増えつつあると思いますよ。だから、「別れた亭主と、よく平気で会えるな」なんて言っている人は、もう古いんですよ(笑)。
眞木 いやいや。いがみあったままで生きていきたい人は、それはそれでいいんじゃない?(笑)