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「脚本を書くときに、いつも何かしらのキャッチコピーを考えて書き始めます。今回は“皆がなりたかった大人になれるわけではない”でした」

 

こう話すのはDVD化された、映画『海よりもまだ深く』の是枝裕和監督(54)。主人公・良多(阿部寛)は、探偵事務所に勤める中年男。15年前にたった一度文学賞を取ったきりの売れない作家だ。妻(真木よう子)に愛想をつかされ離婚しても、まだ夢を捨てきれない。ギャンブル好きで一人息子の養育費も満足に払えないくせに妻子に未練たっぷり。そんなダメ男を見守るのは団地で一人暮らしの母(樹木希林)だけ。

 

たどりつきたかった未来に到達できなかった大人たち。登場人物たちそれぞれが抱える感情を監督は優しいまなざしで見つめる。脚本は最初から阿部寛と樹木希林を想定して書いたという。

 

「背中を丸めて生きている人間のリアルな話を一度ちゃんと撮りたいと思い、書いた物語です。実は、もしお2人に断られたら映画化はやめようと思っていたのですが、最初に樹木さんに見事に断られてしまって。理由は『こういう普通の何もないお芝居がいちばん難しい。たとえば殺人犯の母親なら、やりようがあるけど』と」

 

確かに大事件は何も起きない。台風の夜、母親が暮らす団地にたまたま集まった良多と別れた妻子たち4人が交わす会話が物語の軸となっている。しかし、監督は諦めなかった。

 

「1時間くらい話し合って、一度返された台本が僕と樹木さんのテーブルの上を行ったり来たりしましたが、最後は『しょうがないわね』と受け取ってくれました。樹木さんは素晴らしい役者さんです。それに思ったことをズバッとはっきり言えるのもカッコイイ。ああいう大人になりたいと思いますね。ちょっとハラハラしましたけど(笑)」

 

見終わった後、自分は何になりたかったのだろうと、人生を見つめ直す気持ちにさせられる。監督はきっと「なりたかった大人」になれたのでは?

 

「いや、実は僕もなれなかった。子どものころはプロ野球選手になりたかったし、その後は小説家になりたかった。でも、今の仕事はとても楽しいです」

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