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昨年12月6日。すっかり日の暮れた東京・渋谷の街を、なにやら派手なメークと銀ラメのブーツを履いた妙齢の女性6人がアップテンポの曲を歌いながら歩いていく。信号が青に変わるのを待つ間も歌い続ける6人を、街行く若者たちが不思議そうに眺めていた。このオバチャンたち、いったい何者?

 

そんな視線にはおかまいなしに、彼女たちは歌い続ける。40歳前後の女性を中心とした“アラフォーアイドル”グループ「情熱Dream」は、近くのライブハウスでこれから本番だ。練習をしていた貸しスタジオからの移動中、わずかな時間も無駄にせず、みずからのテーマ曲である『情熱☆ドリーム』のハーモニーを確認しているのだった。

 

情熱Dreamの出番は、さまざまなアイドルグループ4組が参加する今夜のプログラムの2番目。軽快なディスコミュージックに乗って、真っ赤なフリフリのミニスカートと銀ラメのブーツ姿の彼女たちが登場すると、250人が詰めかけた会場に歓声が上がる。一曲目を歌い終えると、最も古いメンバーでリーダーのNAO(本名・美原奈緒さん・50)がマイクを握り直し、満面の笑みで挨拶をする。

 

「みなさん、こんばんは。私たち、アラフォーアイドル、情熱Dreamです!いくつになっても勇気を持てば、一歩を踏み出せると信じて頑張っています」

 

続いてメンバーの自己紹介。Aoi(39)、鈴瑚(40)、千鶴(年齢非公開)、黒百合(40)、蘭(46)、KoKo(51)と、誰もが頬を輝かせ挨拶をしていく。そして、楽曲は、『虹色のしあわせ』から、大人のバラード『いつもと同じ夜』続き、働く主婦の日常がテーマの新曲『Happy days』。最後の『情熱☆ドリーム』のサビでは会場が大合唱となり、観客も拳を突き上げてジャンプ!

 

−−ライブも終了して、午後10時をまわり、さてこれから打ち上げかと思いきや、メンバーたちは大急ぎでそれぞれの自宅へと帰っていった。明日もパートや仕事、親の介護がある者もいる。何が彼女たちをアイドル活動に駆り立てているのだろう。

 

NAOさんは大手保険会社の正社員。’66年7月20日、東京都練馬区生まれ。生後2カ月で実の母親を亡くし、父はすぐに再婚した。家庭に居場所はなく、やがて、大学在学中にタレント事務所と青年座の研究所に入所した。卒業後も芸能活動を続け、舞台やテレビ、CMなどに出演したこともある。

 

「どれもバイトに毛が生えた程度ですよ(笑)。しょせん、どこにもハマらない中途半端。それでも好きなことだったのでやめられなかった」(NAOさん・以下同)

 

悩んでいたときに妊娠した。このときの恋人と26歳で結婚し、長女を出産。翌年には次女が誕生し、芸能界どころではなくなった。売れないミュージシャンの夫の収入では暮らしが立たず、保険の外交員を始めたのもこのころだ。30歳で長男を出産。そして5年後に離婚が成立した。

 

「保険の営業でがむしゃらに働いて、子どもたちを育てました。一時は3人、バラバラの保育園に送り迎えです。ママチャリの前と後ろとおんぶで、雨の日は子どもたちにカッパを着せ、傘を持たせた後ろの子に『おんぶの弟も入れてね』と。通行人がそんな私たちを見て、『まるでサーカスだな』って(笑)」

 

そんな必死の努力が実り、38歳のときには、「契約件数全国一」として本社で表彰されるまでになった。

 

「でも、そのとき、ふと思ったんです。私は保険屋さんになりたかったわけじゃない。なんですべてに中途半端なのか……。せめて、この先、子育てが一段落したとき、もう一度ステージに立ちたい」

 

転機は’10年に訪れた。友人が、メジャーデビュー直前のアラフォーアイドルユニット「A」(仮名)の存在を教えてくれたのだ。NAOさんはオーディションに合格、2期生となったのである。会員番号12。すぐにセンターに抜擢された。一般のアイドルイベントに出演すると、「なんだ、こりゃ?」という反応がほとんどだったが、続けているうちにファンが増えてきた。

 

また、ライブを見た10〜20代の女性たちが涙を流し、「年を重ねても大丈夫なんだと励まされました」「何歳になっても、やりたいことができるんですね」と口々に言ってくれた。

 

ところが、マスコミにも取り上げられ始めた’16年1月、創設者の女性の突然の宣言により、5月にグループは解散してしまう。フランチャイズ的に全国展開していた「A」には延べ170人が参加し、常時三十数人が在籍していた。

 

「頑張ってようやくここまできたのに、いまやめたら中途半端で、不完全燃焼で、また過去の自分と同じになってしまう。だから私は、絶対に続けたかった」

 

解散の1カ月後、NAOさんが中心になって結成したのが、情熱Dreamである。アラフォーアイドルを束ねる「AIP(アラフォーアイドルProject)」も設立。そのとき、みずからの思いを込めて作詞作曲した歌が『情熱☆ドリーム』だった。

 

「私自身、年をとるのは怖かったです。容貌が衰えると、何の評価もなくなるんじゃないかと。でも、いまの若い女性たちも同じことで悩んでいるのなら、私たちの活動も意義があるのかもと思いました」

 

現在、情熱Dreamは新メンバーを加え12人の大所帯に。オーディションには日本各地から応募があるという。彼女たちの“情熱”の輪は少しずつだが、着実に全国のアラフォー女性へと広がっているようだ。

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