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「私、54歳からアメリカでひとり暮らしをしたんですけど、それまで、ずっと親と暮らしていたから『普通に生活するって、こんなに大変なんだ』ってことに遅ればせながら驚いたわけ。結婚してからもそんな普通の生活の大事さをかみしめています」

 

そう話すのは、女優で映画監督の桃井かおりさん(66)。桃井さんは、’04年に54歳でハリウッドに挑戦するために渡米。大作『SAYURI』(’05年)に登場する“置屋のおかみ役”をオーディションで獲得し、以来、アメリカのみならず、ドイツやメキシコなど世界各国の映画に出演している。最近では、イッセー尾形さんと夫婦役を演じるラトビアと日本の合作映画『ふたりの旅路』が、6月24日に公開されたばかり。

 

私生活では’15年、64歳のときにアメリカで音楽関係の会社を経営する、同い年の日本人男性と電撃入籍して話題になった。

 

「家にいるときは毎日、食事も作っていますよ。夫は、バーベキューのときに肉くらいは焼いてくれるけど、基本的に料理はできません。でも、『お皿どこ?』なんて聞かれるのも面倒だから、手伝ってもらうより、自分でやっちゃうほうが早いのよ」

 

いまの本業は“主婦”だと言う桃井さん。現在はロスで夫婦ふたりで暮らしている。桃井さんは、公開中の『ふたりの旅路』で、不慮の事故で愛娘を失い、’95年の阪神・淡路大震災で最愛の夫を亡くした女性、ケイコを演じている。舞台は、’90年代に旧ソ連から独立を果たした北欧のラトビアと神戸だ。

 

「独立を勝ち取るために、不条理な弾圧を受けても立ち上がったラトビアの人々と、震災で大切なものを失っても、力強く復興した神戸の人々の間には、共通点を感じます。この映画では、最愛の人を失っても、その人との“思い出”は育てることができるという“希望”を伝えたかった。私、’16年に『フクシマ・モナムール』というドイツ映画で、福島の帰還困難区域に暮らす元老芸者を演じたんです。そこで津波のシーンをそのまま描いて悲劇をなぞっても、見ている人たちの救いにはならないんじゃないかって疑問を感じたの。映画で傷を完全に治すことはできなくても、観ている間は安らげるようなものにしたいと思いましたね」

 

見た目には復興している神戸や、復興しつつあるように見える福島だが、「心は折れたままになっている人もいるのでは」と、桃井さんは気遣う。だから、「阪神・淡路大震災を描くまでにも、20年という歳月が必要だった」という。

 

「監督とは、『人は死んだら、すべて失われるんだろうか』という問いかけを、構想段階からしていました。たしかに亡くなった相手に触れることはできないけど、“感じる”ことはできる。愛する人との思い出や印象は、相手が死んだからって喪失するものじゃなくて、逆に育てることもできる。思い出には、過去だけじゃなくて“未来”があってもいいんじゃないか、って」

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