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五大路子(女優・64 以下=五大)「先生、お久しぶりです!電話ではしょっちゅうお話ししていますけど、お顔を見るのは、いつ以来でしょうか?」

 

山折哲雄(宗教学者・86 以下=山折)「半年以上になるかな。昨年12月に軽度の脳梗塞で倒れて、1月には不整脈を治すために大きな手術をしたから」

 

対談のために、山折哲雄さんの住む京都にやってきた五大路子さん。2人はこの数年、親しい交流を続けているという。年齢差22歳、宗教学者と女優と、活躍する分野もまったく異なる2人が出会ったのは、’12年のことだった。

 

山折「横浜市の總持寺で行われた『3.11祈りの夕べ』というイベントだったよね?」

 

五大「そうですね。イベントでは私が司会を務め、先生がゲストとして宮沢賢治について講演されたんです。ところが、その日私は体調が悪くて、講演中はずっと控室にいました」

 

山折「風邪をひいていたんですよね」

 

五大「ところが帰宅後、偶然本棚から1冊の本がポンッと落ちてきて……。ずっと読まなくちゃいけないと思っていた『義理と人情 長谷川伸と日本人のこころ』だったのですが、何げなく著書の写真を見て驚きました。『あっ、先ほどご挨拶した方だ!』って」

 

山折「偶然落ちてくるなんて、なんとも不思議ですが(笑)」

 

五大「それが本当なんですよ」

 

山折「その後かな。私が長谷川伸賞をいただいたとき、前年の受賞者として花束を渡してくれたのが五大さんだった。それで五大さんがずっと長谷川伸のお芝居をしてこられたことを知ったんです」

 

長谷川伸は、大正から昭和にかけて活躍した劇作家。文学勉強会も主宰し、平岩弓枝、西村京太郎、池波正太郎ら多くの作家に影響を与えた。山折さんは“日本の文化を考えるうえで、非常に重要な人物の1人”として、長谷川伸の研究をしており、五大さんにとってもゆかりの深い人物だった。

 

五大「私が新国劇(※’87年に解散した劇団)に所属しているころから、『瞼の母』『一本刀土俵入り』など、たくさんの長谷川伸の書いた作品に出させていただいたんです」

 

山折「いろいろ長谷川伸ゆかりの場所を回っている過程で、私は五大路子という女優を尊敬するようになった。これはという問題を見つけたら、徹底的に調べ上げる、追跡するという姿勢は本当に素晴らしい」

 

“追跡する女優”五大路子さんのライフワークが、ひとり芝居『横浜ローザ』だ。戦争に翻弄されたひとりの女性が、娼婦となって力強く生きた壮絶な物語である。モデルとなったのは実在した老娼婦メリーさん。

 

五大「横浜の街で偶然見かけたメリーさんの姿、そのまなざしに心を揺さぶられ、それからは彼女の故郷にも足を運び、彼女の人生を追い続けることになったのです」

 

山折「私が驚いたのは、五大さんが、メリーさんと同じように白塗りの化粧で横浜の街の中を歩いてみたこと。嘲笑のまなざしを全身に浴びながら歩く……、役作りに生かすだけではなく、人生の重要な契機にしたんだね」

 

五大「芝居は最初45分でしたが、年々長くなっています。無言のシーンがどんどん増えているんです」

 

山折「一種のひとり芝居の究極だな……」

 

五大「この21年間、ローザの人生を探し続けていましたが、今年、実は探していたのは自分自身だったのではないかということに気がついたんです。『ついに私は、私のなかの宇宙のかけらにたどり着いた』、そんな不思議な感覚でした」

 

山折「なるほど、新しい五大路子の始まりかもしれないね」

 

五大「以前、先生から“心眼”という言葉も教えていただきました。今年やっと、その入口にたどり着いたような気がしますこれも先生のおかげです」

 

山折「……」

 

五大「先生はいま、この国にすごく大切なことを発信してくださっている。だからいま先生の言葉を聞かなければと思うんです。先生がおっしゃる『ひとり』ということについても深く考えなければならないときがきていると……」

 

山折さんが昨年出版した『「ひとり」の哲学』(新潮選書)は、多くの人々の共感を呼び、版を重ねている。

 

山折「いま高齢化社会といわれているでしょう?多くの高齢者が、やがて“ひとり”で生きていくことになる。彼らは“独居老人”と呼ばれたり、亡くなると“孤独死した”と言われたりするわけだけど、それに違和感を覚えた。ひとりで生きて、そして死んでいくことの惨めさだけがクローズアップされ、ことさら貶められているのではないかと考えたんだ」

 

五大「おっしゃるとおり、ひとり暮らしのお年寄りが、全員不幸かというと、必ずしもそうではないと思います」

 

山折「かつて、ひとりという言葉は、もっといい意味に使われていた。それがなぜネガティブにばかり使われるようになったのか……、このあたりで“ひとりの復権”が必要だと思った」

 

五大「昔はどのように使われていたのですか?」

 

山折「万葉集をまとめた大伴家持の作品で《うらうらに照れる春日に 雲雀あがり 心悲しも ひとりし思へば》という歌がある。確かに、ひとりでいることはさみしい。でもそれは単なる孤独ではなくて、この歌のように、人との関係を思いながら悲しみ、その静かな感情とともにしみじみと生きるということ」

 

五大「さみしさ、悲しさにきちんと向き合うということでしょうか?」

 

山折「向き合うというよりは、そういった感情を“道連れにしている”と、私は解釈しています」

 

五大「“道連れ”ですか?」

 

山折「いい言葉でしょう?しょせん人間はひとりで生まれ、死んでいくのだけど、それをきちんと意識することで大勢の同胞とともに生きていることも感じることができる。でも日本人はそんな精神的な宝を忘れ始めている」

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