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「デビュー日は毎年、ホリプロの主催のパーティを開いてもらうのですが、今年はツアーの初日でもあったので、歴代のマネージャーが6人全員集合。みんなの思い出話を聞きながら、いい会社だなあ、私はなんて幸せ者なんだろう、としみじみ。寝てしまったら、このうれしさが消えちゃう! と思って、その日は一睡もしませんでした」

 

今年10月25日にデビュー50年を迎えた和田アキ子(67)。同日からスタートした記念コンサートツアー「LEGEND OF SOUL」(開催中)の初日をこう振り返った。

 

「コンサート恒例の洋楽コーナーで、グラミー賞受賞アーティストの曲をカバーしたんです。私のファンって、60~70代が多いから、先日、受賞したばかりのアデルの名前を言っても、全く反応がないの(笑)。ところが、そのアデルの『ローリング・イン・ザ・ディープ』を歌い始めたら、手拍子がものすごくて。マーク・ロンソンのラップ曲ではもう、ノリがハンパない。人って、知らない歌でもこんなに喜んでくれるんだな、とうれしかったですね」(和田・以下同)

 

’68年、“和製リズム&ブルースの女王”と呼ばれ、『星空の孤独』でデビュー。その後、“不良番長”などの異名をつけられたが、意外にも先輩歌手からの陰湿ないじめに苦しんだという。

 

「当時は“体の大きな女は売れない”というジンクスがあったんです。音楽番組で出演者全員がステージに並ぶとき、男性の先輩歌手に『俺が小さく見えるからとなりにいるな』って足を踏まれることもありました。楽屋が同じ女性歌手からは、『男がいると着替えられないから出て行け』って言われて、トイレでどんだけ泣いたことか」

 

また、度重なる病いにも泣かされた。

 

「歌手の命と言われる声帯のポリープの除去手術を2回、自然気胸、子宮がんと続いて、事故で足を骨折したら、みなさんから“車大破や”言われて(笑)。『神様、私にケンカ売ってんの!』と独り言をよく言うんです。でも、9年前、ニューヨークのアポロ・シアターで歌えることが決まって、歌の勉強をするために1日2箱以上吸っていたたばこをやめる決意をしました。それで私、『神様はちゃんと見てくれてるんだな』と思ったの。神様が、『アッコ、勉強をしろ』って言ってくれているんだな、と。芸能界で生きていくには難しいと思うことが山ほどあったけど、“私の人生、ついてる!”と思いますね」

 

目下、来年1月24日にリリースされる洋楽のカバーアルバムのレコーディングの真っただ中。カバンの中から取り出したメモには、英語の歌詞のほか、日々の気づきが書かれている。

 

「どういうわけか私、歌だけは緊張するんですよ。新しい曲を歌うにあたって、今、必死に勉強してますねん。メモした紙もボロボロでしょう。これなんか、アプリのダウンロードの仕方(笑)。何でも勉強ですよ。今、人生でいちばん勉強しているかもわかんないなあ」

 

最後に、改めて50周年を迎えた心境を聞いた。

 

「正直、さほど意識していないというのが本音ですね。40周年のアポロ・シアター公演もそうだったように、歌手人生の1つの通過点だと思っています。年齢とか、50周年とか関係なく、つねに何かに挑戦する姿勢を見せ続けなきゃいけないと思っていて。ただ、ひたすら今を生きてるんですよ、私。昔は、80歳になっても、声さえ出ていれば、真っ赤なマニキュアをして、葉巻をくわえてブルースを歌うのが夢でした。それがもうじき70やから、『あら、有言実行や』と。シミや皺で見られない顔だと言われたら、整形してでも、ずっと歌い続けていたいですね」

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