6月22日はキャスターの小林麻央さん(享年・34)の命日。乳がんで亡くなって、もう1年になる。市川海老蔵(40)と2人の幼い子を置いて旅立っていった彼女は、私たちに何を遺してくれたのか――。本誌では、同じ病いを抱えた女性に、この「1年」を聞いた。

 

■麻倉未稀(57)・左乳房全摘

 

「私が乳房の全摘手術をしたのが、小林麻央さんがお亡くなりになった日でした。手術が終わり、先生から『95%、大丈夫』と言われ、ベッドで休んでいたとき、枕元の携帯でそのニュース速報を目にして……。生と死について深く考えさせられ、複雑な気持ちになったのが、昨日のことのようです」

 

そう話すのは、大ヒット曲『ヒーロー』で知られる歌手の麻倉未稀。

 

「麻央さんが闘病していることは知っていました。40歳を過ぎたら、乳がん検診が不可欠だということも。でも忙しさにかまけてしまったり、“自分は大丈夫”という変な自信があったりで、5年間も人間ドックを受けていませんでした。実は’16年の暮れ、着替えているときに胸を触ったら、しこりのようなものがあるのに気付きました。でも、そのころは、デビュー35周年のコンサートの準備のほか、病気になった父の看病も重なり、自らは病院にいくこともなく、“サイン”をやり過ごしていました」

 

だが、’17年4月にテレビ番組で受けた健康診断で乳がんと診断され、左の乳房の全摘手術をした。麻倉の乳がんは進行度ステージ「2a」で、摘出手術をしたときに転移がないことを確認。現在はホルモン治療を続けている。

 

手術から1年で、担当医も驚く回復ぶりだという。それを支えているのは、歌うことへの執着だ。

 

「全摘を決めるときも“歌うためなら、胸はなくてもいい”と冷静に考えていました。それでも手術前は、不規則な生活や睡眠不足で胸には負担をかけてしまったと、申し訳ない気持ちになりましたね。治療中には、ときには悪いことばかり考えてしまう“負のループ”に陥ることも。そんなときは、歌う仕事をしていたことがプラスに働きました。ライブを目標にして“これではステージに立てない。前へ進もう”と負の連鎖を断ち切っていました」

 

歌えるということは、生きていること――。そう思えるようになったのは、小林さんが亡くなった日に、手術を終えたことと無縁ではないだろう。だからこそ、麻倉の心には新たな決意が芽生えた。

 

「乳がんの治療では、さまざまな選択を迫られたり、先の見えない恐怖に襲われたりして心が揺らいでしまうことも。そんなときに相談する場所や空間が少ないのです。がん患者や、その家族が相談できる施設『マギーズ東京』がありますが、私の住んでいる神奈川県からだと遠いという人もいます。地元の空き家を利用して、前向きに乳がんと向き合うために、患者や家族が気楽に集えるような場所を作ってみたいです。そのためにも、人を勇気づける『ヒーロー』を歌っている私が、これからも健康でしっかりしていることが大事ですね」