昨年11月に40周年を迎えたこのモンスター漫画『パタリロ!』を生み出したのが、魔夜峰央さん(65)だ。だが、そんな大御所にもピンチの時代が……。そこから救ってくれたのは、自分自身が若き日に描いた『翔んで埼玉』だった――。

 

「主演がGACKTさんに決まったと聞いたときはのけぞりました。実際、お会いしたGACKTさんはオーラがすごかった。漫画好きだとは聞いていたんですが、私の作品の大ファンだと言ってくれて、とてもうれしかったですね。もう1人の主役で、少年役に挑戦してくれた二階堂ふみさんも、コスチュームを含め、原作の世界観を忠実に再現してくれました」

 

そう語るのは2月22日に公開される『翔んで埼玉』(東映系)の原作者で、『パタリロ!』(白泉社)でも知られる漫画家の魔夜峰央さん。

 

『翔んで埼玉』の世界では埼玉は東京から徹底的に差別されている。二階堂ふみ(24)が演じるのは、東京都でも屈指の名門高校・白鵬堂学院の生徒会長を務める壇ノ浦百美。埼玉から東京に引っ越してきたZ組の生徒が病気を訴えても「そこらへんの草でも食わせておけ!」と埼玉県人に対して横暴な態度をとっている。そんななか、謎の帰国子女・麻実麗(GACKT・45)が転校してくるところから、物語は動きだす……。

 

魔夜さんが『パタリロ!』、そして『翔んで埼玉』について語ってくれた。

 

■全部出さないと新しいものは入らない

 

新潟県で生まれた魔夜さん。高校を卒業後、大阪芸術大学に進学したが、2年生の冬休みに退学を決意。その後、新潟の実家に戻り、漫画を描いては東京に送った。20歳のとき、漫画誌『デラックスマーガレット』(集英社)に投稿した『見知らぬ訪問者』でデビューを果たす。

 

魔夜さんの転機となったのが、’78年に発表された『ラシャーヌ!』という作品だ。それまでシリアスな作品が多かったなかで、初めてコメディ要素の入った作品だった。

 

「“この路線ならいけるんじゃないか”、“ギャグも描けるんだ”と自信を得ました。自分にはそんな才能がないと思っていたのに」(魔夜さん・以下同)

 

そんな矢先、60ページの執筆依頼が舞い込む。そのとき描いたのが『パタリロ!』(’78年)。人気に火がつき、魔夜さんが描く原稿も、月に100ページを軽く超えるようになった。こうなると、アシスタントがいない新潟で、1人で描き続けるのは困難だ。

 

「『花とゆめ』の編集長に『東京に出たい』と相談したところ、“同業者が多く住んでいて、交通の便がいい西武線沿線がいいんじゃないか”と紹介されたのが、埼玉県の所沢でした」

 

住まいは、憧れた東京のような都会ではなく、のどかなねぎ畑に囲まれた一軒家。東京とは異なる時間の流れと、風景。そこで思いついたのが、『翔んで埼玉』だった。

 

「でも、作品は3話で終了しました。所沢から横浜に引っ越したためです。住んでいない土地のことをちゃかすことはできませんから」

 

プライベートでは、ファンイベントに参加していた、当時高3だった芳実さんに“一目ぼれ”し、’84年に結婚。2児にも恵まれ、パタリロもわが子のように育てたが……’11年ごろから苦境に追い込まれる。

 

「単行本が以前ほどは売れなくなって、経済的に苦しくなった。“この先どうなるんだろう”という不安な時期が、数年間も続きました」

 

最終的に税金を滞納せざるをえなかったこともあった。

 

「印税が入ったそばから徴収されてしまいました。『パタリロ!』全盛期のときに買っていた宝石や貴金属も、売り払った。バレエダンサーだった妻が自宅の地下に作ったスタジオで、バレエ教室をやっているのですが、その収入にも助けられました」

 

しかし、ついに「妻と『このままでは自宅も手放さなければならないかもしれない』と話していた」ころ、30年以上前に発表した『翔んで埼玉』がSNSなどでおもしろすぎると話題になっていた。’15年に宝島社が単行本化を決定する。

 

発売の1カ月前、『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)で大きく取り上げられるなどの追い風もあり、現在まで合計66万部という大ベストセラーになった。税金の滞納分も、借金も全額返済できたのだ。

 

「本当にすべてを失ったときに、埼玉が救ってくれました。全部を出し切らないと、新しいものは入ってこないのかもしれませんね」

 

劇場版『翔んで埼玉』では苦楽をともにした家族と共演もした。

 

「映画は私が登場するシーンで始まります。じつは、最初にバレエダンサーが出てくるのですが、それが長男。漫画を描く私の両側で踊っているのが、妻と長女です。試写会では、埼玉に遠慮して、笑うのを我慢したという他県出身者もいたそうですが、遠慮することはありません。『翔んで埼玉』は埼玉でいちばん売れているんですから(笑)」