「何回かチャレンジしたんですが、ダメでしたね(笑)。後に松尾さんとちゃんとお話できるようになったあとで当時のことをお話ししたら『いや~、覚えてないなあ……』って(笑)」
そう語るのは、12月11日に公開される『レディ・トゥ・レディ』(監督・脚本:藤澤浩和)に主演する女優の内田慈(37)。極貧生活のさなか、憧れだった松尾スズキが主宰する『大人計画』のオーディションを受けていた時代をこう振り返る。次第に、演劇の世界にどんどんのめり込んでいくことになったのだという。
「新劇から歌舞伎、小劇場、いろいろ見ました。その流れで、現代口語演劇に惹かれた。ちょうど、次世代の“さざ波”が来ている段階だったんですね。ポツドールの三浦大輔さん、ハイバイの岩井秀人さん、五反田団の前田司郎さん、イキウメの前川知大さんなど、たくさんの出会いのなかで、『演劇の面白さって、もっともっと奥深いものかもしれない』というのが、20代中盤から後半にかけて私が抱いた思いでした。
同時に、それにも反発する自分もいて、リアリズムというのは、突き詰めると制御するだけになってくるんですね……。それで『もっと盛大にやりたいのに……』という気持ちもあった。ですので、実際に歌や踊りがある演目にも、出たりはしていました。つまり、現代口語に影響を受けながら、なにか違うんじゃないかという、スタイルを模索していた時期でもありましたね」
舞台俳優としてキャリアを積んでいくなかで、映画人との出会いが待っていた。
08年、橋口亮輔監督作品『ぐるりのこと。』(木村多江、リリー・フランキー主演)への起用だった。
「それまではエキストラばかりでしたが、私が出演した舞台を見てくださった橋口監督に、声をかけていただき、『ぐるりのこと。』に出演することになったんです。そこから、10年の白石監督の『ロストパラダイス・イン・トーキョー』でのヒロインへとつながっていきました。以来、オーディションを受けたり、オファーをいただいたりと、作品への関わり方はその都度、それぞれですが、『なんのため』とかいう問題提起を自分自身あまりせずに、とにかく走ってきたという印象だったんです。当時はまだ、演技するうえで、自分の興味や『ここが気になっているから俳優をしているんだ』という輪郭のようなものが、まるで見えていなかった」
ともあれ、そのようにキャリアと実績を積み上げていくなかで、11年間在籍した事務所を独立するという転機が、19年2月にあった。
「去年の2月にマネジャーとともに独立しました。誰かに守ってもらっていると、いくらでも言い訳できてしまうけれど、退路を断ちたかった。別のステージでの新しい挑戦がしたいと。『内田慈』を『前面に、メインに押し出したい』という気持ちは強くなっていた。自分プロデュースで行けるところまで行ってみたいと……まだ抽象的ですか?」
そういうと、すこし逡巡した内田は、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべて、次のように切り出した。
「たとえば、いまから“朝ドラ”を目指す女優がいてもいいじゃないですか。『芸歴18年のアラフォー女優が、ヒロインを目指してもいいんじゃない?』って思うんです」
そうして個人事務所を立ち上げたばかりの内田を襲ったのが、今年のコロナ禍であった。
「19年の1年目は試運転、今年、2年目というときにコロナ禍が来てしまったんです……。マネジャーと2人体制の事務所で、今年前半の一時期は現場の仕事がほとんどなく、いろいろ考えた末に、マネジャーとは別々の道を選ぶことになりました。『お互いに、見つめ直すタイミングかもしれない』と。そして、9月にフリーになったんです。『どこで自分の人生に無理をしたいのか、しなければいけないのか』ということでいえば、それが“ここ”だったということです」
コロナ禍、国内では危惧された雇用の打ち切りや収入減少が現実となり、特にこの夏以降で女性の自殺率が増加するなど、コロナ対策で生じたひずみの影響も指摘されている。
収益が著しく落ち込んだ自営業者やフリーランスへの持続化給付金の支給を国が決めたのをはじめ、各種の給付金や無利子融資などの公的支援が決定するほどであった。
そのような、国民におしなべて降りかかる先行き不安の中で、内田は、19年に独立したマネジャーとも別れ、「フリーランス」としてひとりで歩むことを選択したのだ。
(取材・文:鈴木利宗)
【INFORMATION】
映画『レディ・トゥ・レディ』(監督・脚本:藤澤浩和/主演:内田慈、大塚千弘)12月11日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
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