高校を2年で中退し、フランス留学に踏み切ったのも父親の影響だった。この留学を決心した時点で、ひそかに「真剣に音楽でやっていこう」と決めていたそうだ。
「背中を押してくれた親父との会話が2度あったんです。1度目は中3のとき。『俺と同じ仕事をやってくれたらうれしい』と」
そして2度目は、まさに明日からパリ留学が始まるという前夜、場所はイタリアだった。
「家族が夏休みを利用して、ちょうど欧州旅行に来てました。2人で白ワインを飲んでいると、親父がふと口にしたんです。『商業音楽をやるというのはな、自分のスキルとテクニックを切り売りしてお金に換えることだ』。留学で頭でっかちになって、僕がクラシックとポップスに優劣をつけるような考えに陥るかもしれない。音楽に優劣はないし、また奇麗事でもすまない。『心して取り組めよ』という意味だったと思います。きっと親父自身、30年ほど前のパリで、同じような経験があったのでしょう」
5年間のパリでの生活を終えて帰国した隆之さんを、いきなりビッグな初仕事が待っていた。89年1月発売のさだまさしさん(68)の『夢の吹く頃』で、アレンジを任されたのが、隆之さん。
「七光り、いや、祖父からだから十四光りですよね(笑)。でも、この七光りは、僕にとっては、非常にナチュラルなものになっちゃうんです。だって親父の克久がもうすでに服部良一の息子で、『父親の名前をおおいに利用させてもらった』なんて公言してる。僕自身、さださんのあとにも谷村新司さん、さらに『夜のヒットスタジオ』の音楽監督など、普通の新人ではありえない。そうやってデビュー直後からいろんな仕事をいただけたけど、うまくいけば『さすが服部先生のご子息ですね』となり、ダメなら『ご子息なのに』と言われるだけ。いつか、七光りも気にならなくなってました」
そして、13年7月放送のドラマ『半沢直樹』の音楽を担当することになる。最初の依頼は放映の1年ほど前で、TBSの名物ディレクターの福澤克雄さんからだった。
「新ドラマの主人公は銀行員で正義感が強く、汚職や悪に敢然と立ち向かうキャラクターであり、主演は堺雅人さん。そうした基本情報をお聞きして、そこからイメージを膨らませます。 曲作りに際して僕が思い描いたのは、風車に立ち向かうドン・キホーテ。いや、もっともっと熱い男像を、音楽に込めました」
その結果こそ、あの波乱が巻き起こる予感でワクワクするような名曲だったのだ。
(撮影:田山達之)
「女性自身」2021年3月2日号 掲載