「金と自由は欲しいけど、何もしたくないーー」を貫いてきたタレントで漫画家の蛭子能収さん(74)。2020年夏に認知症を公表した後も、その“人生哲学”はまったく変わらない。絵を描くよりもテレビの仕事のほうが楽だしギャラもいいと言い続ける蛭子さんに突如湧いた「絵画展プロジェクト」。果たしてプロジェクトは成功するのだろうか……。(第7回/全10回)
“最後の絵画展プロジェクト”の初作品の製作は順調に進んでいたが、蛭子さんの集中が途切れるという問題が発生した。
心配そうにキョロキョロとまわりを見渡しはじめる蛭子さんは、気持ちが乱れ、いまにも口から「面倒くさいんですけど」という言葉を出てきそう。
サインペンはスケッチブックの横に置かれたまま。
この状態から、なにか作業を進めることはほとんど不可能だ。「今日はこれまでか?」と記者の私が思ったとき、
「休憩しましょうよ。お菓子でも食べませんか?」
根本敬さんに同行した青林工藝舎『アックス』の漫画編集者・高市真紀さんが、絶妙のタイミングで声をかけた。担当編集者として、蛭子さんとは20年以上の親交がある彼女は、手土産の『チーズケーキ』を蛭子さんの目の前に差し出した。
「あ~、おいしそうですね」
大好きなスイーツを目にして、蛭子さんの表情に落ち着きが戻って来た。
根本さんも一緒に、おやつタイムになった。
根本さんが語りかける。
「ねえ、横尾忠則さんの展覧会に行った?」
「あれ~、行ったかな? どうでしたっけ」
蛭子さんの代わりに、マネージャーの森永さんがかわりに答える。
「蛭子さん、斬新な構図と色彩に目を奪われて“すごい、すごい”と息を荒くしていましたよね」
蛭子さんにとって、グラフィックデザイナーの横尾忠則は憧れの存在。2021年10月17日まで東京現代美術展で行われていた横尾忠則の大規模展『GENKYO 横尾忠則』を見て、感激し、圧倒されたことを『サンデー毎日』の連載コラムに記していた。
蛭子さんが、なにか思い出したように語り出す。
「あ~、横尾さん、すごい大きな絵を描いていましたね。オレには、ちょっと、もうあんな絵は……。もうオレは負けました。アイデアや体力がもうない。もう横尾さんには追いつけないですよ」
それを受けて根本さんが穏やかに話しかける。
「横尾さんは、蛭子さんより10歳上だよ。それに蛭子さんが本気出したら、横尾さんにも負けないくらいの作品が描けると思うよ」
「いや~、もう無理ですよ」とポリポリと頭をかく蛭子さん。
「蛭子さんは『負けた、追いつけない』とかネガティブな考えになっているけど、オレは今でも蛭子さんがしっかり取り組んだらすごい作品が描けると思っているよ。そんな絵が完成したら、きっと100万円、200万円で買う人だっていますよ。これから本気を出して絵を描いていけば、蛭子さんが希望する、何歳になっても稼ぐことを実現できると思う。さあ、色を塗って、絵を最後まで描いてみようよ」
「本当ですか? オレの絵が100万にも200万円にもなるなんて信じられないな……」
根本さんの声に背中を押されて、蛭子さんはカラーサインペンに手を伸ばした。