■食材は40人分になることも
番組では4人前を作るが、調達する食材は10倍の40人分になることも!
「たとえばフライパンで作るローストビーフのときは、肉に塩を振って、糸で縛って、片面ずつ焼いてーーと、工程ごとに準備しておかなければいけません。お肉は、400~600グラムの塊を10本ほど用意するのですが、工程によって大きさが変わるわけにはいかないので“直径が○センチ、長さが○センチ”と、サイズや形も細かく肉屋さんにオーダーしました。このときは特別経費を出してもらいましたね。もちろん、常に食材は余さずスタッフでいただきます」
入念に準備を行っていても、トラブルに直面したことはあった。
「宅配便でタラを1尾、テレビ局に送ってもらったものの、広い局内で行方不明になってしまったことが。なかなか見つからず、みんなで局中を大捜索しました。なんとか業者と連絡がつき、伝票番号を教えてもらって無事に戻ってきたときはホッとしましたね。おから煮を作るのに、おからを持参するのを忘れてしまったときは、スタッフ総動員でスーパーに探しに行ってもらったんです(笑)」
こうした積み重ねを経て、ようやく放送を迎える。以前は、途中でカメラを止めず、生放送のように“1本録り”をしていたため、より緊張感があったという。
「ほとんどカメラを止めるような失敗はありません。アジをおろすとき、ヒレの棘が刺さって血が出てしまったときくらいでしょうか。指に傷があったので、メークで目立たなくしました(笑)」
テレビである以上、おいしそうな見せ方も求められる。
「フレンチトーストやだし巻き卵は、できたてがいちばんふっくらするんです。ベストな状態を完成品としてご紹介できるよう、テレビには映らない私の横で、アシスタントが時間差で同じものをいくつも作って差し替えていました」
食中毒対策の呼びかけとして、生肉を触った後は意識して手を洗う姿を映すなどの工夫もあった。
そして、毎回着けている「エプロン」にもこだわりが!
「服は無地のものばかり着ていたので、エプロンは柄付きのものを選びました。15年で約100種類も用意したんです。たまに『どこに売っているんですか?』と聞かれることがありますが、私のアシスタントが布を買って作ってくれる一点もの。テレビでは下半身まで映らないので、布代を安くすませるために、じつは丈が短いんですよ(笑)」
番組が完成するまでには、一品の料理で7~8回も試作する。
「やはり“おいしい”と言ってもらうのが何よりの喜びですから、打ち合わせ段階で1~2回、雑誌掲載用の撮影段階で3~4回、そして本番前にさらに試作。雑誌掲載の段階では、調味料の分量調整にとくに気を使いました」
■“ひとつまみの塩”にこだわり続けた15年間
よきアドバイザーになったのが「ホテルオークラ東京」の元総料理長で夫の根岸規雄さんだ。
「いろいろアドバイスをもらってきました。とくに私は、味の決め手となる塩加減には強いこだわりがあります。塩はほんのひとつまみで、素材の甘味が増したり、味ががらりと変わるもの。それを発見するのも楽しみの一つだから、何度も夫に試食してもらうんです。夫には『そこまでするの? どれも味は一緒だよ』なんて呆れられることもありましたけど(笑)」
15年間“一品入魂”の姿勢で1000以上のレシピを紹介してきたが、体力の限界、そして若手への道筋も考慮し、番組勇退を決意したのだった。
「これからも、45年も通い続けてくれる生徒さんがいる料理教室を拠点に、健康でおいしい料理の追求を続けていきます」
ほんのひとつまみの塩で、幸せいっぱいの“おいしい笑顔”を紡ぎ出すために――。