【前編】シンガーソングライター藤井風“聖地”里庄町取材で分かった飾らない人柄より続く
「ピアノの奇行師 藤井風」
里庄町ボランティアすみれの会会長の青木耕治さん(77)は、’18年4月、藤井と初対面の場で差し出された名刺を見て、その肩書に驚いたという。
「町内の文化ホールでの無料コンサートに出てもらおうと、まず打ち合わせで風くんと会いました。
当時、彼は20歳。長身の二枚目で貴公子然としている印象でしたが、差し出された名刺には、その貴公子をもじって“ピアノの奇行師”と印刷されていたので、どんなステージになるのだろうかと、正直、ちょっと心配でした」
しかし、それは杞憂だった。
「いざコンサートが始まると、あのイケメンが見事なピアノ演奏で、ナツメロの『月の法善寺横丁』や『高校三年生』を披露。250人もの観客たちは、一瞬で大盛況に。そうか、奇行というのは、こうやって人々を酔わせ、熱狂させることだったんだとわかるんです。
最後は、沢田研二の『勝手にしやがれ』で、曲のラストでは、華麗に帽子を客席に投げ入れました。あとで、その帽子について、『うちのおかんが100均でぎょうさん(たくさん)買うてきたからだいじょうぶ』なんて話してました」
同じくライブを主催したのが、里庄町でステージがある一軒家レストラン「マカレ」。代表の平野智子さん(61)も、藤井の魅力を「ギャップ」だと語る。
「私が初めて風くんのライブを見たのは町内のお寺の本堂で、“終活セミナー”とライブがセットになっていました。終活のイベントですから観客も60代以上で、80代のおばあちゃんもいました。
トークでは、『今日はわしのキーボードの調子が悪いけ』なんて例の朴訥な語りで、特に話し上手とも思いませんでしたが、いったん曲が始まると、とにかくピアノも歌も最高で涙ぐんでる人もいて。
最後には、風くんが立ち上がっただけでおばさん、おばあちゃんが『キャーッ』ですよ。その光景を見て、ぜひうちの店でもライブをしてほしいとお願いしたら、二つ返事で承諾してくれたんです」
ワンドリンク付き1千500円で60分のステージを、藤井は、まさしく全力で駆け抜けた。当時の彼の手書きのセットリストが残っていた。『魅せられて』『UFO』『Yesterday』『幻想交響曲』『有楽町で逢いましょう』『赤いランプの終列車』……。
「まさに昭和歌謡からクラシックまで。いつもビートルズが入っていたのは、お父さんの影響でしょうね。曲の合間では、郷ひろみさんの顔マネをしてみせたりも。
すでに、YouTubeでのファンもいて、関西や九州やさらに海外からの観客もいました」
ステージを終えると、観客のお見送りも。
「ライブの興奮を引きずった女性ファンに玄関で突然ハグされて、風くんは固まってましたけど(笑)。今じゃ、ありえない光景ですよね」