■「“すっぴん”の私の悩みを聞いてください」女優・三田佳子さん(82)
「寂聴さんの原作で、巨匠・豊田四郎監督が手がけた映画『妻と女の間』(’76年公開)に主演したとき、初めてお会いしました。
まだ30代だった私の役どころは、仏門に入る前の“瀬戸内晴美さん”を投影した四姉妹の長女でした。豊田監督からは『女として生きる』を意識して演じるように指導いただきました」
三田佳子さんと寂聴さんの出会いは半世紀近く前にさかのぼる。同作品には尼僧役として寂聴さんも出演しているという。
「撮影現場にいらしたときにご挨拶しましたが、笑顔が素敵で眩しく感じたことを覚えています」
それ以降、季節ごとの手紙のやりとりや対談をするように。さらに縁が深まったきっかけは、寂聴さんのライフワークでもあった現代語訳『源氏物語』のオーディオドラマの朗読を、三田さんが担当したことだった。
「私は54歳のときに子宮体がんが見つかったのですが、闘病を終えて1〜2年したころにご縁をいただいたんです」
三田さんは紫式部として物語の朗読を、中村橋之助(現・中村芝翫)が光源氏役を担当した。
「ほかにも沢口靖子さんが紫の上を担当したり、総勢240人もの出演者により寂聴さんの54帖に及ぶ源氏物語を読み切るというものでした。がん闘病後、初めての大仕事だったので不安もありました。でも、足かけ3年に及ぶ長丁場でしたが、ワクワクしながら寂聴さんの物語の世界に入ることができ、続けるにつれ病気のことも忘れ、CDにして115枚分の録音を終えたときは、すっかり元気になっていました」
制作発表会見は、寂聴さんと共に臨んだ。
「会見後の控室で、誰かが『オーディオドラマのCDは全巻セットで定価が34万円もする』と言ったんですね。それを聞いた寂聴さんは『あら高いわねえ。私なんて一生懸命書いているのに、本は1冊2千〜3千円くらいなのよ』と笑っていらして。そんなユーモアとかわいらしい笑顔で、場の雰囲気が一気になごみました」
寂聴さんはまるで桜のようだと三田さんは語る。
「何百年も生きてきた大木に、爛漫として咲く花で人々に華やぎを与え、そして潔く散る姿でも人を魅了するのですから」
不倫や子供との別れなど、人生の労苦を作家として作品に書き記し、瀬戸内寂聴という桜を咲かせてきたというのだ。
「いつの間にか、私も女優を始めて63年になります。その間にはつらいこともありましたが、“すべて糧になるんだ”と思えたのは、寂聴さんの生き方を見てきたからだと思います。ただ一つ心残りは、2人きりでお話ししたことがないこと。お化粧もせず、寂庵でお酒でも飲みながら、いろんな悩みを聞いてもらったりしたかったですね。きっと寂聴さんは『あなたは、そのままでいいのよ』と、笑って勇気づけてくださると思います」