■「人生を変える映画と出合ってほしい」。小さな映画館だからこそできることを
「営業的には赤字の幅が少し狭まったくらいで、いまだに私は無給で働いています。でも、それができるのも、夫が常勤の仕事で支えてくれるからです。20歳のときの交通事故で失明した夫とは、シティ・ライツの活動を通じて知り合い、’03年秋に結婚しました。ものすごい努力家で、障害者雇用の先駆けともなった人なんです」
上映の合間の午後2時過ぎ、隣の安売りスーパーで買ってきたというパックの野菜ジュースと菓子パンを頬張りながら、平塚さんは言う。
取材に訪れた日、上映していたのは、ダウン症の弟とその兄が登場する『弟は僕のヒーロー』。観終わったばかりの観客のなかに、盲導犬を連れた、全盲の声楽家の天野亨さんがいた。
「年間50回は通っています。この映画館は、私たち目の不自由な者を本当に映画を観た気にさせてくれる、楽園のような、なくてはならない場所です。できれば、日本中の都道府県に1館ずつ普及してほしい」
現実に平塚さんのもとには、地元でユニバーサルシアターを開きたいという熱意ある視察者などが、全国から、さらには世界中からも訪れているそうだ。
前出の田中さんは、現在では音声ガイドモニターを務めながら、ふだんも盲導犬と一緒に鑑賞するチュプキの大ファンのひとり。
「洋画が好きで、毎年のアカデミー賞の話題作も、いつも観たいと思っています。ただ洋画に関しては、邦画に比べて、ほとんど音声ガイドが付いていないのが非常に残念です」
現状では、音声ガイド付きの映画は、まだ公開作品全体の1割程度で、特に洋画は権利の問題などがあって困難という。しかし、それを嘆く前に、平塚さんの、できることから自分たちで果敢にチャレンジしていくという姿勢は変わらない。
今週から上映される『「生きる」大川小学校 津波裁判を闘った人たち』では、スクリーン下に手話通訳者の映像が入る“字幕・手話合成版”での上映となる。
「小さな映画館だからこそ、できることもあるし、お客さんとの距離も近い。なかには、『ここで観た映画で転職を決意しました』という人もいます。あきらめてばかりの人生って、つまらないじゃないですか。かつての私のように、映画を観て一歩を踏み出してほしい。私には子供がいませんから、最近、特に若い人たちに、そんな人生を変えるほどの映画と出合ってほしいと思うんです」
暗転した館内にともるスクリーンの光が、今日も、障害のあるなしにかかわらず、すべての人を温かく包み込んでいく。
(取材・構成:堀ノ内雅一)