原点に帰ることで新境地を得たMEGUMIは、’20年のコロナ禍では、その思いを拡大展開した。
「最初の緊急事態宣言のとき、映画界はほとんどの撮影が中断され、多くの俳優が休業状態になってしまいました。私が思ったのは、生き残るためには『待ってちゃいけない』。つまり『自分で作品を作ろう』と」
関係者と1日3回Zoom会議を行い、リモート撮影でインスタ発信するドラマの制作を計画。「ヨーロッパ企画の上田誠さんに相談して脚本・演出をお願いし、ドラマで共演した大東駿介くんに依頼して、ドラマ『クラムジー・ジャーニー』をプロデュースしました。グリーンバック(撮影用の背景)をECサイトで買い、みなさんのご自宅に送って撮影したんです」
そこで会得したのは、コロナはおろか、どんな困難にも負けない、へこたれない女性の生き方。「自分で作品を撮れば役者も仕事がなくなることはない。自分で作れば、仕事はなくならないんです。『考えるより動く』から進化して、つねにいろんな球を投げるようになりました!」声を弾ませて言った。
新しいことにチャレンジすることをMEGUMIは「球を投げる」と表現する。その「球を投げる」一環が、’23年の年間ベストセラー1位を獲得した美容エッセイ『キレイはこれでつくれます』へのアプローチだったのだ。
「出産後に悩んでいた時代、ほうれい線が出たのを、スキンケアで克服しました。その経験をインスタにつづっていたら、あるとき編集者さんから、お声がかかったんです。『美容のお仕事もしたい』と思って投げていた球だったので、余計にうれしかったですね」
六本木でのトークイベント当日。司会に紹介されてMEGUMIが登壇すると、入場パスを得た限定50人が一様に、期待のまなざしで彼女を見つめた。
「こんにちは、MEGUMIです。芸能生活20年以上、母であり、お店(石川県金沢市の飲食店『Cafeたもん』)の経営もこなすなかで、『自分を整えるのは自分しかいない』という答えにたどり着きました」この日の衣装はシルバーのトップスにロングスカート、黒のレザーヒールに、シルバーのブレスレットがアクセントになっている。
「20代のころスキンケアを怠っていて、吹き出物やほうれい線が目立ちました。お肌のハリもなく、厚化粧してバラエティに出ていると、『MEGUMI、ババァ』『終わった』という、ひどいコメントばかりが目に入ったんです。
家に引きこもり、夢や目標もフェードアウトして、27歳の私は、自分らしさを失っていました。……そんなとき、私はシートマスクを朝と晩、欠かさず貼ることで、変わりました」かがやく肌の女優の言葉を、みな、うなずきながら聞いていた。
「スキンケアの積み重ねで確実に肌が変わる。肌が変われば、心が変われるんです」トーク後の「お渡し会」では、ファンは貴重な一瞬を逃すまいと、なにかしら彼女に声かけする。MEGUMIも、「ありがとうございます」「うれしい」と呼応して、必ずひとこと添えていた。ていねいなやり取りを終日繰り返し、結果530人に手渡した。
5月29日には自身がプロデュースするスキンケアブランド「オレリー」の商品が新発売された。「学生、社会人、母になったりと、女性の立ち位置はどんどん変わるのに、周囲は気づいてくれない。だったら自分で手綱を引いて、過渡期をサバイブすることを楽しんでほしい。本やスキンケアで、そのサポートができればと」