■「病気になっても輝く女性を増やしたい」
「がんがわかっても、恐怖や不安で泣くことはなかった」と振り返るアンナさん。2019年に父・梅宮辰夫さん(享年81)が亡くなったことも影響しているという。
「父親の死を経験してから、『いつかみんな死ぬんだ』と考えるようになりました。そのことで、むしろ、朝起きて『今日も生きている』と実感し、治療ができることに『ありがとう』と受け止めることができるようになったんだと思います。抗がん剤がよく効いて手術もスムーズに進んだのは、この感謝の気持ちが大事なのかなって思います。金銭的には、がん保険に入っていたことが、とても助けになりました」
がんを経験して、仕事の幅はむしろ広がったという。
「『経験を話してください』という依頼がどんどん舞い込むんです。先日も乳がん学会で主治医の先生と登壇しました。60分ほど、体験したことや学んだことを話すんです」
ピンクリボンの会などでの登壇、保険会社での講演も増えた。4月には米国・ニューヨークの日系人会でも講演。海外でも乳がんは身近な問題だと実感した。
「欧米はもっとカジュアル。抗がん剤治療中にライブ配信する人もいるんです。オープンにする人も多いけれど、隠している人も。それぞれの思いや、事情があることを痛感しました」
こうしたイベントで、人から「アンナさんの髪は一度脱毛して、もうそんなに伸びたの?」と、真顔で聞かれることもあるというが、実は現在医療用ウィッグを着用しているのだという。
アピアランスケア(外見など見た目のケア)は患者にとって切実な問題だ。アンナさんは、「美容室シトリン」の医療用ウィッグを「安くて自然」と愛用している。
「若い女性が2人で営む『シトリン』が開発したものです。普通の医療用は数十万円から百万円くらいのものもザラなんですが、私のような明るい髪色の人にも対応してくれて、なんと8万円だったの」
インスタグラムのDMなどで、ウィッグについて問い合わせがあると、「梅宮アンナから聞いたと言って訪ねてみてね」と必ず返信している。
「髪がなくなっても気持ちを明るく持てるお手本になりたい」と笑う彼女だが、今後もがんに罹患した女性を元気づける存在でありたいという。
「国内外でファッションや美容の世界と両立させて、病気になっても自分らしく輝く女性を増やしていきたいんです」
一方、再発の可能性は常に頭に置いている。
「『次は何がくるのかな』という覚悟もあります。すべてひっくるめて毎日が新鮮なので。わくわくのほうが強いかな」
【PROFILE】
梅宮アンナ
19歳でモデルデビューしカリスマ的な人気に。50歳で乳がんが発見され、公表。SNSで“フルコース”で受けた闘病の過程を発信している。『フルコース がんと私と家族の日々』(文藝春秋)でがんとの闘病を赤裸々につづっている
(取材・文:本荘その子)
画像ページ >【写真あり】「毎日が新鮮」だと語る梅宮アンナ(他3枚)
