■「本当はアクションスターになりたかった」
――ほいさんの芸能界のスタートは1982年。アクションチーム「THE EIGHTEEN ARTS」に入団し、翌年には『劇団ひまわり』へ移ってますよね。
「はい。俺、デビューは俳優なんですよ。元々、中学高校ぐらいのときに香港映画が大好きで、ジャッキー・チェンやブルース・リーにあこがれてアクションチームに入ったの。ところが、高校卒業する前に先輩が『お前アクションスターになりたいんだったら芝居もできないと』って言われて。それはいやだなと思って、じゃあ芝居やろうってことで劇団ひまわりの青年部に」
――そこからしばらく役者活動をやってたんですか。
「いや、ひまわりでは約2年間基礎的なことをやりながら、エキストラとかやって、そのあとに映画や舞台にも出演したんだけど、『果たして俺はこのままでいいんだろうか』って葛藤があって。そんなときに舞台の演出家に、おもしろいことをアドリブでやると怒られたんです。『余計なことしないでくれ』って。
そのときに『演出家の駒として俺は動かされてるんだ』っていう気持ちになって。しかも、この頃はギャラも出ないし、なんならチケットを売るノルマがあるんです。それでこれは違うぞと思って、もう完全に振り切って『芸人になろう』って思いました」
――それでどうやって芸人になったんですか。
「二十、二十一歳ぐらいのときに大阪のストリップ劇場で芸人の見習を募集していると聞いて大阪の布施というところに行きました。それで毎日、劇場のステージに立って、舞台裏で寝泊まりするみたいな生活を送って、いい経験になりましたね。
そのあとに東京に戻って、コンビを組んだり、マジックやミュージカルとかいろんなことをやってたんです。それで24、5歳ぐらいのときに、『これじゃだめかな』と思ってたときに、知り合いに六本木のショーパブを紹介してもらったんです」
――さんまさんのモノマネをやり始めたのはこのころですか?
「はい。俺がショーパブでMr.マリックさん(77)の師匠の『Mr.ガーリック』という架空のキャラをやってたんですよ。そのMr.ガーリックは(昔の)Mr.マリックさんの髪型と同じような、おかっぱのヅラをかぶってたんで、出っ歯をつけたらおそ松くんのイヤミになるボケもできるなと思って。それで出っ歯をつけて鏡を見てチェックしてるときに、暑くなったんでヅラとったんですよ。そしたら『あれ? 俺、さんまさんいけるかもしんない』って偶然発見したの」
