■「楽屋挨拶に行く度、さんまさんから無茶ぶりを受けて」
――確かに、さんまさんに顔も似てますね。特に若いときじゃなくて、年を重ねた今のさんまさんに似てますもんね。
「よく言われんのは、俺が年を取ってきてから、徐々に『さんまさんとの距離が縮まってきたみたい』って(笑)」
――ほいさんが初めてさんまさん本人とお会いしたのはいつですか。
「28歳で、さんまさんのモノマネをテレビで初めてやった番組が『発表! 日本ものまね大賞』(フジテレビ系)で、その司会がさんまさんだったんです」
――いきなりご本人に会えたんですね。
「でも、それから次にテレビに出るまで時間がかかって。当時の事務所がなくなったり色々あって、次にさんまさんのモノマネで番組に出たのが14年後の42歳ぐらでした。そのころにさんまさんのコントライブを見に行ったときに楽屋挨拶に行くと、さんまさんが『さんまちゃん来たね』とか言って下さって。
そこからいわゆるさんまさんの無茶ぶりが始まるんですよ。『どうやった、今日は?』『いや、良かったわー』『どこが、どこが』『すいません、ちょっと急には』と俺が素に戻ると、すぐに冷めた感じで『はい、お疲れさん』とか言われたり。俺がすっと答えられなかったときには『ほな、なんで(楽屋挨拶に)来たんや』って言われたこともありました(笑)。舞台裏も戦場ですよ。だからさんまさんの舞台を見に行って芝居が終演に近づくと、楽屋挨拶のことを考えだして、舞台の内容が頭に入ってこないんです(笑)」
●インタビューマン山下
1968年、香川県生まれ。1992年、世界のナベアツ(現・桂三度)とジャリズム結成、2011年に解散。同年、オモロー山下に改名し、ピン活動するも2017年に芸人を引退しライターに転身。しかし2021年に芸人に復帰し現在は芸人、ライター、山下本気うどんプロデューサー、個人投資家、ファイナンシャルプランナーとして活動中
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