■小説の挿絵を描いてくれた最愛の息子の突然の死
「幼いころから伸輔は絵を描くのが大好きで、放っておけばいつまででも描いていました。神戸のほうでは美術大学がなくて、情報も少ない。1浪してから、東京の武蔵野美術大学に入学したんです」(光子さん)
画家も小説家同様、成功できるのは一握りの者だけ。それでも、夫婦で伸輔さんの夢を応援した。
「ボクが稼いでいますからね。伸輔には好きなことをしてほしかった。稼げなくたって、元気でさえいれば、それで十分ですから」
伸輔さんと大学の同級生で、その後に結婚した智子さんが語る。
「大学時代から、義父(筒井さん)と夫は普通の親子というよりも、大人同士という感じでした。父と話すのに、少し改まった感じなんですね。でも、大学時代から親子仲はよくて、義父母が東京にいるときは、高級レストランで私までごちそうになりました」
伸輔さんは蜜蝋画なども手がける、現代美術作家として活躍した。だが文豪として誰もが知る“筒井康隆の息子”という肩書に苦しむこともあったようだ。
「意地があったんでしょう。義父から『一緒に仕事をしよう』と言われても生返事でしたし、編集の方から『文芸誌の表紙をお願いします』と依頼されても、『理由はないですが、嫌です』と断り続けていたんです」(智子さん)
だが、画家としての自信を深めていくなかで、伸輔さんにも心境の変化があったようだ。2012年、初めて父の作品の仕事を受けたのだ。
「もちろん、ボクから提案したのですが、朝日新聞に掲載した連載小説『聖痕』の挿絵を伸輔が描いてくれることになって。そりゃあうれしかったですよ」(筒井さん)
精緻な蜜蝋画を1枚描くには、多大な作業量を要するという。
「連載にはモノクロもあるし、カラーもあります。モノクロのときに蜜蝋画はもったいないからペン画でいいと言ったのに、伸輔は蜜蝋画にこだわりました」
けっして手を抜かなかったのは、伸輔さんの意地だったのかもしれない。息子との仕事もかない、孫にも恵まれた。すべてが順調に思えた2019年ごろ、伸輔さんの体調に異変が現れた。
「最初は食べ物がのみ込みにくい症状だったようです。それを伸輔はインターネットで調べて、勝手に逆流性食道炎だと判断してしまったんですね」
病院に行ったときには、進行した食道がんが見つかった。智子さんはこう振り返る。
「私が電話で伝えたところ、義父は冷静で『わかった、経過を教えてくれ』とだけ言っていました。
その後、義母と電話で話すときも、義母が夫の病状を細かく聞こうとすると、電話の奥から『根掘り葉掘り聞くな!』という義父の声が聞こえました」
筒井さんもこう振り返る。
「光子とは、なぜか伸輔の病気の話をしないようにしていましたね。大したことがないと、思い込みたかったのかもしれません……」
伸輔さんは抗がん剤治療で入退院を繰り返しながらも、絶望せず、個展や画集の準備に打ち込んだ。
しかし、がん発覚から1年後の2020年2月、自宅で突然吐血。都内の病院に救急搬送されたが意識は戻らず、51歳でこの世を去った。知らせを受けた筒井さんは、光子さんとともに病院に向かったが、最期には間に合わなかった。
「伸輔の夢はよく見るんです。あれっ、こいつ、生きているんじゃないかと、思うときもあります」
一方、光子さんが泣いたのを見たのは一度だけ。筒井さんは“強い女だ”と、夢に出てくる伸輔さんに語りかけたという。そんな夢でのやりとりを描いた短篇「川のほとり」を発表し、最愛の息子を作品として残した。
「“なんで51歳で連れていきやがったのか”という、何かに対する復讐の気持ちが湧き、“だったら代わりにオレが長生きしてやるぞ”と思う原動力にもなりました」
だが、筒井さん自身も、作家生活の危機に見舞われる。
「2024年4月、頭痛がひどくて薬を飲んだんです。説明書きには“1日3錠”とあるからいっぺんに3錠飲んでも大丈夫だろうと思ってしまったんです。そうしたら翌朝、起きたときにふらふらして、転倒してしまったんです」
頸椎を損傷し麻痺が残ったことで、一時は寝たきりに。このときばかりは弱気になっていたと、智子さんが振り返る。
「病院でも、担当医に『ボクはもう、作家として終わった人間ですから』とこぼすほどでした。何も書きたくないし、読みたくないという毎日でした」
自宅では、トイレに行くにも光子さんと智子さんの介助が必要になったため、家族と離れ、約2カ月、リハビリ病院に入院した。
願いは光子さんとふたたび暮らすことだった。
「妻のいない生活は寂しかったですね。光子は同じことを何度も言うので怒ってしまったりするんですが、やっぱり腹を立てても愛しているんです」
夫婦で入れる有料老人ホームを探し、現在の住まいである神戸市の住宅型有料老人ホームを見つけた。自宅と比べれば手狭になるため、別々の部屋を契約することも提案されたが、筒井さんは「絶対に嫌や」と一つの部屋にこだわった。
「自宅だと、片付けや掃除などいっぱいやることはありますが、ここではホテルのようなサービスで家事をしなくていいから、小さい空間に妻と2人きりの時間が多くなるんです。だからぶつかり合いはしょっちゅう。いや、毎日ありますよ。でも結婚してるんだから、それに耐えなきゃいかんですよね」
作家として終わった人間。そう嘆いていた筒井さんだが、妻との穏やかな生活を送るうちに、自分の内で創作意欲がむくむくと湧いてくるのに気づいた。
