■「肺にも転移」さらに強い抗がん剤へ…子宮摘出の可能性も
「4クールを終えた4月ごろ、精密検査で絨毛がんに進行し、肺にも転移していると説明されました。『ああ、普通にがんなんだ』と思ったのを覚えています。さらに強い抗がん剤へ変更するため、入院することになりました」
その際、子宮を摘出する可能性も告げられた。
「がんと言われたことよりも、子宮を取るかもしれないと聞いたことのほうがショックだったかもしれません。幼いころから、早いうちに赤ちゃんが欲しいと思っていました。自分が思い描いていた夢は、もうかなわないのかな、と」
通院治療中にも吐き気などの副作用はあったが、入院後に薬が変わると、めまいやふらつき、脱毛など、さらにさまざまな症状が現れたという。
「女性であることを前面に出す仕事をしてきたので、その象徴のように感じていた髪が抜けることが、とてもつらかったです。抜けると聞いていても、実際に経験するとショックで涙が止まりませんでした」
なかでも豊岡さんを苦しめたのが、口腔粘膜の障害だった。
「口の中がやけどしたような状態で、潰瘍ができ、痛くて痛くて水を口にすることさえ難しくなりました。最後は点滴で栄養を入れてもらっていました。体重が減り、ふらつきもひどくなって、頭も回らない。食べられないことで、体がどんどん弱っていきました。治療の影響なのかはわかりませんが、突然涙が出る日もありました」
■2カ月を超えた入院生活 病棟で倒れ「治療中断」を決断
当初は1週間ほどと説明されていた入院生活は、2カ月を超えた。そんななか、豊岡さんは病棟で倒れたことをきっかけに、大きな決断を下す。
「『健康な人なら立ちくらみで済むことでも、抗がん剤の影響で重症化することがある』と説明され、正直、抗がん剤の治療が怖くなりました。そのときは、ふらついて歩けず車いすで移動し、酸素濃度が下がって酸素吸入も受けていました。治療を始める前のほうが元気だったのではないかと思うほどでした」
そして、豊岡さんは抗がん剤治療の中断を申し出た。
「このまま治療を続けて体が弱り、別の病気まで併発してしまうのが怖かった。抗がん剤で死ぬより、やりたいことをやって死んだほうがいい。後悔しないほうを選びたいと思いました」
当然、医療者からは治療を続けるよう強く勧められたという。
「『中断すれば悪化したときにつらくなる』『同じ抗がん剤は再び使えない可能性がある』『再発した場合、治療法がなくなることもある』と説明されました。医師や家族とも何度も話しました。それでも、今の状態では長く生きられない気がして、中断を決めました」
こうして豊岡さんは、7月7日に退院した。
