■晩年のつぶやき「俺は忘れられた男だ」――次女が立ち上がった理由
長谷川さんが、この『仕事部屋』の再現や遺品整理に踏み切った背景には、晩年の山田さんが漏らしていた切実な一言があった。
「父自身が晩年、“もう俺のことは誰も覚えてない”とか“忘れられた男だ”とか、よく口にしていたんです。私は“そんなことないよ、いっぱいファンがいるじゃない”と言ってきたんです。だけど、再放送の枠が地上波からなくなってきたこともあっで、50代より若い人や、テレビ局の方でも父のことを知らない人が多くなってきている。
そう、私自身も気づくようになってきたんです。このままほっといたら本当に忘れられてしまうかもしれない……。父が亡くなった後に、そのことを強く感じました」(長谷川さん)
山田さんが亡くなって半年ほど過ぎたころ、問題意識を強めた長谷川さんは、没後1年を目安に支援者とともに遺品整理や継承活動を開始する。横浜の放送ライブラリーでの上映展示会などを経て、今回の湯河原町立図書館での常設展示を実現させた。
今も自宅地下には、約2万冊にも及ぶ山田さんの膨大な蔵書が保管されている。今後その活用方法を模索するなど、山田作品と遺志を未来へつなぐ活動が続けられている。
■「一字一句逃さない」執念と、作品に投影された自身の青春
脚本家としての山田さんは、作品に対して並々ならぬこだわりと厳しさを持って臨んでいた。執筆中、山田さんは必ず自分で書いたセリフを“声に出して”確認していたといいう。
長谷川さんが、その凄まじい執筆風景を振り返る。
「セリフに関しては、もう一字一句、大変だったと思います。うちの父って書いた後に声に出して確認するんです。父はセリフをリズムで考えているので、そのリズムが崩れて意味合いが変わってしまうといけないので、ものすごくこだわり抜いて書いていました。
書けないと“もう限界だ!”とか、叫んだりしてました(笑)。そういうときは、部屋に入っちゃいけないオーラが外からでもわかるくらい、張り詰めていましたね」
山田作品には、家族の問題に振り回されながらも健気に奔走する高校生の男の子がよく登場する(『それぞれの秋』(TBS系)や『岸辺のアルバム』など)。長谷川さんによると、それは山田さん自身の高校時代が強く反映されているそうだ。
「父の作品には高校生の男の子がよく出てきます。家族のことで振り回されたり、心配したり……。そういう男の子は、まさに父の高校時代を表しているのだと思います。
祖父(山田さんの父親)が再婚した相手の方とうまくいかなくて、喧嘩が多かったそうなんです。父はなんとか家族のいさかいがなくなるようにと、家事を一生懸命手伝うようになり、高校時代は放課後、毎日夕方の4時8分の電車に乗って湯河原の自宅に帰り、夕飯を作るのが仕事だったみたいです」
名作の中に息づく人々の葛藤や優しさは、山田さん自身が身をもって経験した青春の痛みや温もりから生み出されていたようだ。
【後編】「食卓の会話がそのまま名作ドラマに」…娘たちが明かした“巨匠の知られざる家庭の素顔”へ続く
画像ページ >【写真あり】山田太一さんの仕事部屋を完全に再現(他3枚)
