image

(C)Mirror

第二次大戦中、ナチス・ドイツにより行われたホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)の生存者が、集団墓地の存在を示唆していることがわかった。そこには、ベルゲン=ベルゼンの収容所において15歳で亡くなったアンネ・フランクの遺体が含まれている可能性があると見られている。

 

アンネは1944年8月4日、オランダ・アムステルダムの隠れ家からゲシュタポにより連行された。両親とアウシュヴィッツで離ればなれとなった後、姉マルゴーと共にガス室のないベルゲン=ベルゼン強制収容所へ送られたが、そこは極めて衛生状態が悪く、チフスや赤痢といった疫病が蔓延していた。移送されてから約4か月後、まずマルゴーがチフスで亡くなり、アンネも間もなく同じ病に倒れたと言われている。その遺体は現在に至るまで発見されておらず、他の1万人とも言われる犠牲者と共に、無造作に収容所周辺に埋められたとされていた。

 

しかし、アンネ、マルゴー姉妹と共に最期のときを過ごしたと見られているオランダ人レジスタンスのVerschure氏を祖父に持つ研究者は、生存者から話を聞き、オランダの研究チームと共に埋葬場所を特定したという。「ある一人の生存者が、私の祖父が葬られたところをマークした地図をくれたのです。ニーダーザクセンにあるユダヤ人コミュニティに、ここを掘り起こすことについて相談しましたが、戒律により許可されませんでした。こういった理由から今すぐに発掘することはできませんが、収容所そのものが墓地であるということが証明されました」と彼は話す。

 

広大な面積を持つ収容所で、一人の少女の遺体が埋葬されている場所のおおよその見当がつくこと自体が奇跡に近いと言えよう。

 

関連タグ: