■「父が早く亡くなったことは大きな痛手です」
だが、どうしても満たされない思いがあった。
「私が五輪で勝つのを父が見られなかったことだけではなく、父が早く亡くなってしまったことは大きな痛手になりました。父には、私への期待が現実になっていくところを見てもらいたかったんです」
前出の「ビルト」の取材にそう語っている。引退後に選んだスポーツ行政とビジネスの道では、欠けたものを埋めるように、権力とカネを集めることに残りの人生を捧げていく。バッハ氏のドイツでの評判を、ドイツ人の父と日本人の母を持つエッセイストのサンドラ・ヘフェリンさんがこう語る。
「アスリート時代の功績を覚えている人は少数です。どちらかというと、ビジネス界のやり手で、お金に汚ない、そんなイメージが強いような気がします。ドイツでの彼の評判はよくありません」
おそらく父が期待していたよりも、“巨大な何か”にはなったバッハ氏。スポーツ界の“頂点”を極め、その個人資産は400億円ともドイツでは報じられている。
バッハ氏の父は弱者を思いやる気持ちを持っていたという。そんな父が、遠い異国の地で、疫病に苦しむ人々を踏みつけて、自らの野望を達成しようとする息子の姿を見たとしたら、なんと言うだろうか。